2026.08.07
人
(※上記の写真は私が撮影した五家荘の川の写真)
今年の2月に友人のカメラマンTさんが「菊池渓谷の写真集」を発刊された。氏が撮り続ける「菊池渓谷」は渓谷美で有名な場所で、一年を通して全国から観光客はもちろん、写真家も訪れる名所なのだ。
大きな渓流沿いに遊歩道が完備され、その豪快な渓流の合間に表情豊かな苔むす滝がいくつも流れ落ちている。
新緑に谷全体が彩られる柔らかい春、太陽光が煌めく水遊びの夏、赤く色づいたモミジが岩肌にばらまかれた秋、森の小枝の雫が凍てつく白い冬…訪れる度に表情を変える渓谷美の撮影ポイントは無限にある。
そんな菊池渓谷の壮大な景色を彼は5年間通い続けて1冊の写真集に収めた。広角レンズを使い、左右上下にずらして撮影し、その画像を1枚1枚丁寧につなぎ合わせ大きなパノラマの世界にまとめる彼独自の手法。理屈では分かるが1枚仕上げるにどれだけ時間と手間がかかるのか。
ページを開き、視線を右から左に移動しながら画像を眺めていると、はるか上流から下流まで流れる渓流の水しぶきを実感できる。苔むす巨木の上に広がる空を振り仰ぎ、眺める事が出来る。このパノラマの世界はかって見たことのない世界なのだ。
氏とは30年来の付き合いで、久しぶりに携帯に連絡があるといつもの声と違い、もごもご、口ごもり、何を話しているか聞き取れない。「がんになりまして」「がん?」「たんかん、がん」
余りにも疲れが取れないので近所のかかりつけの医者に行くと、「それは疲れのせいでしょう」と言われたそうで、それでも食い下がると、「疲れが取れるまで休みましょう」と言われた。その時、すでに氏の体には黄疸が出来て、全身まっ黄色になっていたそうだ。
結果、済生会に行くと即入院、手術となった。すでにがん細胞はいろいろな臓器に転移し医師は手に負えないと、開いたお腹をまた縫い直した。若い頃、原発の施設で仕事をしていて、30代、出会った時はすでに白髪で、今回も血液中の白血球の数が少なくリスクの高い開腹手術は難しいらしく、抗がん剤での治療しか選択肢はないらしい。
その話を聞いて、てっきりがんのステージは4だろうと思い込み、知人数人にぜひ会ってやってくれと連絡した。ところが今も元気(苦笑) で、抗がん剤の治療を受けながら、カメラスタジオの仕事と撮影を続けている。片道3時間かけて通院する芦北町のインチキ漢方内科のおかげか、ビワのエキス(有害)のマルチ商法、インチキサプリのおかげなのか。
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7月のある日曜日。雨も上がった昼下がり、僕は熊本市民の憩いの場、江津湖に立ち寄り、以前から気になっていた県立図書館裏の芭蕉園の写真を撮りに行った。真昼の熱気が地上に残り、すぐに汗だくになる。肩にかけた三脚が重い。雨が上がるのを待ちかねていたみんなはジョギングを始めたり、子犬の散歩、子供たちは網で小魚を掬ったり、思い思い夕暮れのひと時を過ごしていた。ふと、散歩する集団の中に彼の白髪の後姿を見かけた。ペットボトルを片手に遊歩道をぶらぶら歩いていた。
声をかけると氏は振り向き、笑顔でこっちにやってきた。「気分転換に散歩しているところです」と呟く。別れを告げると、微かに揺れながら白いシャツの姿が歩道脇の柳の葉の奥に消えていった。
がんを患う、氏の気分転換の散歩の気分とは何だろう。彼はあとどのくらい生きるのだろう。こんな感情をリアルに感じてしまう。身を焦がすような焦りと思い。ちいさな孤独が僕に背を向けゆらゆらと消えていく。
火を囲み飲んで騒いだ、青い夜明け。消したはずの炭から、まだオレンジ色の熾火が残り、かすかに息をするように、メラメラと点滅している。消しても、消しても熾火は点滅を続けている。
僕が自分の葬儀の会葬御礼用に間に合うように写真集「五家荘図鑑」を自費出版して8年。奇跡的に生き延びて、山行きを再開し撮影した画像も、雑文録の原稿も増えた。第2号を作成してもいいかと、これまで沈んだままの僕の気持ちに氏の熾火の火が飛び火した。
五家荘も近年の水害で肝心な林道が崩壊し、登山客も観光客も激減した。それでも山の魅力は変わらない。写真集もホームページのサイトも、五家荘を知らしめる役に少しでも役に立てばよいと思う。
僕の住む宇城市の不知火図書館で五家荘図鑑を3冊テスト販売してくれることになった。松橋町の民間の有志で運営されている、町なか図書館でも徳永さんの写真集に並んで販売してくれることになった。
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7月28日の午後4時27分。僕の住む宇城市は最大震度7の地震に襲われ、街には大きな被害が出た。図書館の書棚からは本が雪崩落ち、図書館は当面、閉館となった。
菊池市のカフェギャラリー「チムチム」で、氏の写真展が開催予定。
8月18日(火) ~ 8月30日(日) ※8/24 (月)休廊
◆「 菊池渓谷のスーパーパノラマとミクロの世界」
https://item.rakuten.co.jp/bansyodo/kikuti/
2026.05.19
山行
僕が写真を撮り始めたのはちょうど、10年くらい前。仕事で五家荘地域の山や山野草の写真を撮る必要があったのだ。プロのカメラマンを山に登らせ、あれやこれや、写真を撮ってもらうような予算などなかった。
中古の年代物のデジカメをバックに背負い、見よう、見まねでシャッターを切ることになった。ファインダーをのぞくと、これまで見たこともない山野草が山の小道に、苔むした岩の奥に咲いていた。写真を撮るという行為は、自分の心が何かに動かされた瞬間を撮るということなのだろう。訳アリの中古カメラでもとんでもない高価なミラーレスでも、ポケットに入ったスマホのカメラでも。ピンときたら1枚。もう一枚。そして撮った後に見直すと、その自分の心が動かされた瞬間とやらは気まぐれ、時間が経てばとうにその時の感情など忘れてしまい、意味不明の画像がハードディスクに蓄積されていく。上下左右に、わずかにずれた景色の写真。シャッタースピードの違いだけ。機械が撮ったものだから、自分でも区別がつかない。うまくなろうと思えば思うほど絵葉書のような写真となる。全然つまらない。どこかで見たようなつまらない景色を何枚も撮る。自意識過剰。誰かに見てもらうために、格好をつけて撮る。
最近は時間があるときに、昔の画像をどんどん削除していくことにしている。まる一日かけて撮影した写真のフォルダーを、キーボード1回たたいてスッと削除する。
何か気分もスッとする。
「黄金風景」
削除できない1枚の黄金風景の画像、劣化した僕の脳内の記憶装置にも1枚残った風景がある。
厳しい冬の寒さからようやく暖かい日が差し始めた或る年の春。なかなか満足のいく写真が撮れない一日。だらだらと車を走らせ、適当な空き地でコンビニ弁当を広げた。藪の茂みを前に胡坐をかき、おにぎりをほおばった。しばらくすると、その藪の中から鳥たちのさえずりが聞こえてきた。小鳥たちが楽しそうにチィチィ鳴きながら茂みの中を追いかけっこしていたのだ。茂みの葉が小刻みに跳ねて揺れている。追いかけっこは終わらない。見えない命の金色の輝き。この風景はカメラでは切り取ることはできない。少しの時間でもこの黄金風景を眺めていたいと思った。冬の寒さに耐え、ようやく生を受けた小鳥たちの命が春の陽気の中で無防備に飛び跳ねている。
今年も春になり、意気込んで、その見えない黄金風景を探して車を走らせる。今回はお気に入りの秘密の川の入り口の草むらの一角に車を停め、地べたに胡坐をかき、目の前の茂みに向かい弁当をほおばる。見上げると青一色の春の空だ。目の前の藪の中では何も声がしない。小鳥たちはもう若鳥になり、森の奥に飛び立ったのか。背中でひたすら川が流れる音がしている。ゴーッ、ゴーッ。やむことのない川の流れ。数日前に降った大雨が森から吐き出されている。
撮ることの出来ない黄金風景を探してカメラを持ち、山をさまよう自分は矛盾した存在そのものなのだけど。

2026.03.24
文化
今年初めての五家荘の山行 (3月8日) だった。すでに3月、頬をなでる風は暖かいが、なぜか足元を吹く風は嫌な冷たさがある。
遠い海の向こうで、人殺しが行われているからだろうか。
久連子(くれこ)集落にも、日露戦争時に戦死された軍神の像が祀られてあり、雪が溶けるとくすんだ色の苔に包まれていた姿を現す。軍神は姿がぼろぼろになりながらも重い背嚢を背負ったまま、背筋を伸ばし、銃を脇に立ち続けている。視線は向かいの山に広がる、春の青い空を見上げている。
森の奥で「ポーン」という音がこだまする。鹿を追い出す空砲なのか。
おなじみの場所で「福寿草」と「セリバオウレン」が咲いているとの情報も得て、会いに出かけた。セリバオウレンとはキンポウゲ科の植物で、なかなか出会えない春の山野草なのだ。今年は運よくいつもの場所で再会を果たした。小さく可憐な白い花。彼ら彼女ら(雄花と雌花がある)の姿を杉林の暗がりで見つけると、なぜか線香花火を連想する。森の中で白い火花がパチパチ飛び散っている。

林道を歩いていると、山野草と目が合いはっと、ときめく時がある。不思議なことに登りは全然気が付かないのに、下りの道の岩の影では目があい、「ああ、こんなところにいたのか?」と出会いを喜ぶ瞬間がある。これからの季節は、冬に眠っていた花々が目を覚まし始めるから、山歩きはいっそう楽しくなる。
最近は、山野草どころか道端の道祖神、お地蔵さんにも目が合うようになった。博物館に展示された仏像をガラス越しに眺めても目が合うようなことはない。仏像に踏みつけられた邪鬼と目が合い、会話をすることは多々あるが。邪鬼と私…お互い気が合うのだ。
久連子の小道を歩いていると、谷間の集落が春の湧き上がる陽気の中で朽ちていくのが分かる。斜めに傾いた廃屋、板の破れた作業小屋。荒れた川、鳥居が崩れかかる神社、集落の過去を記したお寺も空洞になってしまった。
五木から久連子へ向かう川沿いの道は断崖絶壁。崩落防止の太い針金製のネットが落石で膨らんでいる。ガードレールは可哀そうなくらい傷だらけ。岩山を削り道が作られてあり、この小道を人々は生活の道として通っていたのだ。帰り道、ふと岩のくぼみに祀られているお地蔵さんと出会う。花が手向けてある。春の陽だまりの中でお地蔵さんは眠りに落ちているようで、そっと、起こさないように帰路についた。

