熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2019.02.21

山行

我が海抜ゼロメートルの猫屋敷にも少しずつ春がやってきた。春一番が吹いてもまだ朝夕の冷え込みが厳しい時があり、当分山に行けそうもない。そんな時間は、泉村誌のページの小道を彷徨うしかない。年末だか(もう記憶にない)テレビで「九州自然遺産」という番組で五家荘の特集を放送していた。もちろん登山道整備プロジジェクトの活動も紹介され、神楽あり、久連子踊りあり、盛りだくさんの内容だった。(森の紹介から、途中で山村過疎地リポートの内容に変更されていたように思えたのだけど。)

山女魚荘の親父さんも出てこられ、山女魚荘ならではの料理が紹介されていた。親父さんがぶらぶら裏山を歩くたびに、山菜が山盛り採れ、インタビュアーも驚いていたが、親父さん曰く「昔はもっとすごかったばい」「今は杉林になってから山菜も大分、少なか」とか言っていたように思う。要するに自然林から植林に変わると、こうも山の植生、形態が変わるものなのだろう。気が付いているのは親父さんだけ。

日本の森林の場合、国土の3分の2は森林で世界的にもその比率はとトップクラスとのこと、しかし原生林は森林全体の2.3%くらいで微々たるものだそうだ。55%近くが人間が手を入れた後に放置された森林で一般に自然林、天然林と呼ばれ、残りの41%の森は杉やヒノキの人工林、育成林と呼ばれる。

平成17年に発行された、泉村誌には、五家荘の森は世界遺産に登録された白神山地に引けをとらないブナ林、森だとも記述されているけど、さて今はどうか。当時の地元の人々の暮らしの為に、植林は必要だったろうし、もちろん森は生きているわけで、完全復活は無理だとしても、森の復活の種をまくことは出来る。

たとえは極端だけど、森は都会を模倣した地方によくある無国籍の取り返しのつかないシャッター商店街になるわけではない。しかし自然でも取り返しのつかない例もある。南阿蘇村の一心行の大桜の哀れな姿を見よ。昔は、道に迷いながら汗をかいて辿ったあぜ道の向こう、菜の花畑の間に薄桃色に花を広げた一本の大きな桜の古木の感動的な景色があったのだけど、今はまさに人口林、単なる桜公園に姿に改造され、ニセの感動を押し付ける記念撮影の場所に成り下がってしまった。

福寿草の時期が終わると、しばらくすると、カタクリの開花の時期が来る。福寿草もカタクリも「春植物」と言われ、花の寿命は一週間前後、周りの樹々の葉が茂って林床が暗くなる5月の半ばまで大急ぎで光合成を行い、その栄養を地下部に蓄え、翌年まで眠りにつくそうだ。別名、春の妖精、季節を渡り歩く妖精たちとも呼ばれているそうだ。

僕は残念ながらいつもカタクリの開花のタイミングを外してしまう。雁俣山のカタクリの写真を撮ろうと、あの丸太の直登も我慢するのだけど、毎回、どこをどう撮っても蕾で、泣く泣く帰路に就くのだ。途中、他の登山者が「昔は当たり一面、カタクリの花だらけだったばい」とつぶやくのを聞き、今度こそはと毎回挑戦するのだけど仕方ない。鹿の食害も影響するのか、バイケイソウの緑のかたまりがなんとも恨めしい!「春の妖精」の姿を求めて霧の中をうろつく僕の姿は、我ながら「春の亡霊」と呼びましょう。

春の亡霊、山に行けなくても頭の中は忙しい。別件で和製アロマ(精油)の資料を見ていたら、山女魚荘の親父さんが玄関先の囲炉裏端で、山の話を語りながら、プレゼント用に小刀でつくられているクロモジの爪楊枝があるのだけど、そのクロモジは「リナロール」というとても貴重な成分を含んでいる。(東京農大の成分分析による)リナロールは大腸菌、サルモネラ菌、黒カビ菌をはねのける力がある。

クロモジの歴史は長く、「茶道」とも深い関りがあり、あの千利休も豊臣秀吉にお茶とともに庭に植えたクロモジの木を小刀で刻み、和菓子に添えて進めた言われもあるそうだ。香りは沈静効果もある。茶室に漂う森の香り。

去年の夏、いろいろ思い立ち、事務所の面々の呆れ顔を無視し台風の中、車を運転、佐賀市内の某工房へ行き、体験学習に臨んだ。その体験とは水蒸気蒸留法で、クスノキの仲間「ホウショウ」の葉から精油を抽出するものだった。抽出の仕組みは単純、1時間でわずか、数ミリの精油ができた。今もその香りで仕事場の机の上で気分が舞い上がったら、気分を落ち着かせる日々なのだ。香りとともによみがえる、若い女性の講師が僕にマンツーマンで丁寧に教えてくれるあの姿よ。

正確に言えば、純粋な精油は化学成分「カルキ」を含んだ水道水ではできない。清流川辺川の水で、クロモジの精油を作る夢を見る、春の亡霊の僕でもある。3月にはいよいよ山へ、春の香りを嗅ぎに行く。

ダムに消えた村

福寿草の祀り

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