熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2021.01.13

山行

もうあっという間に、年が明けてしまった。雑文録も更新していなかったので、死んだと思われているかもしれない…まだ、生きています…との信号でも送っておこうと思います。

昨年暮れ、五家荘図鑑のネットサイトを構築してくれた会社の担当者のY氏と久しぶりに会った時に、Y氏は僕の顔を見て恐る恐る…「五家荘図鑑…まだ、書かれているんですか?…」と聞いてきた。いや君の会社が構築したサイトだから、書かれているかいないか、自分で確かめれば分かるのに、と言いたかったが、止めた。

Y氏は温厚で、とても優しい性格で (そして、僕の存在を心の底で恐れている…) 何も言うことはないのだけど、実際「まだ●●やっているのですか?」という質問は、人に対してとても失礼な質問なのだ。聞き方によっては面と向かい「あなた、まだ生きているのですか?」と平気で言われるのと同じ意味に聞き取れるのだ。

新年そうそうの雑文録が、半分愚痴になってしまった。やはり五家荘の山の空気を吸わずに家に引き籠るとよくない。

山の先輩Oさん、Mさんのフェイスブックには、山の樹氷、霧氷の写真がどんどん送られてくる。五家荘の山は例年、膝まで雪が積もるのだ。熊本で雪山と言えば阿蘇の草千里などの冬景色が定番として報道されるが、五家荘が紹介されることはめったにない。そもそも軟弱なテレビクルーに取材できやしないのだ。(中途半端に紹介され人が押しかけたら大変。絶対チェーンは要るし、道のほとんどが白いアイスバーン、滑り出したら止まらない。山で遭難の可能性もある。) そんな白い世界に行きたくてヤマヤマなのだが、僕の壊れた頭に寒さは脅威なので、冬場は右の額の穴を冷やさないように毛糸の帽子を被ってぶらぶらするしかない。

今年の写真の予定は、まずは昨年からの懸案の極私的芸術祭の実行だ。昨年末に、氷川町の立神峡の陶芸家、平木師匠に仕上げてもらった「森の雫シリーズ」の写真を撮らなければならない。

雫の尖がった先は森の空を突き抜け、胴体に空いた穴は緑のトンネル。穴の向こうの世界と、僕の現在の時間の流れを繋ぎ、(望遠鏡で遠い宇宙の星を眺めるように、宇宙の時間をワープするように) 森を流れる時間のひずみをつなぐ…写真を撮るのが本来の目的ではなく、その穴から向こうの世界を覗く行為が、僕の「極めて私的」な世界なのだ。(こんな妄想、誰も相手にしない)

平木師匠には僕のわがままに散々付き合ってもらい、雫を造形してもらった。口には出さぬが実際は相当苦労されたらしい。「穴」の原型は円筒でろくろを回す時に、円の空気の流れができ、本体の基本も先のとがった円錐形で、実際は本体の中にも空気の流れが出来ている。要するに、お腹の中の穴にらせんの空気の流れを抱えながらも、本体にも螺旋の空気の流れがあり、燃え立つ窯のなかで、その重なる螺旋がせめぎ合い、少しバランスが悪いと空気が膨張し、終には本体が破砕する…そんな炎の中で取り出された森の雫たち…が、本当の森の時間の螺旋軸の中で、どんな世界を見せるのか…ビートルズで「丘の上のバカ」という歌があるが、ぼくは「森の奥のバカ」でいい。

そもそも五家荘の伝説を考えたらいい。平家伝説はどうだろう。霧の中、白く消えかかるような熊笹の道の向こうの茂みを「あるスコープ」で覗くと、時空を超え、平家の白い旗がはためく様子が見えるかもしれない。風の音に混じり、落人の息遣いが聞こえてくるかもしれないではないか。ザッザッと霧の向こうのうごめく黒い影の足音が聞こえてくるかもしれない。

村で今も舞いつがれる神楽は神の舞、舞い手がぐるぐる軽やかに舞う、身のこなしは何時しか神が宿る姿そのものになるのだ。舞えば舞うほど、時間のねじれは解かれ、結界で仕切られた四角い舞台は、斜めに傾いていく。緒方家の縁側のふすまに映る影。開けると庭園の茂みの奥に光る二つの赤い目がある。梅の木轟のつり橋で、雨上がり谷底から湧き上がる白い雲の姿に、だいだらぼっち(だいだら法師)を見たことがある…山でも、里でも五家荘が秘境と言われる本当の所以はそこにある。結局、僕の五家荘は山頂を目指す登山ではなく、深い森の小道の霧の中をさまよう、(本当に遭難しました) ひとときの旅のようになってしまった。

…この前、中古の車を買い換えに行った。三菱のパジェロ・ミニの黒にした。

山では車でも以前、痛い目にあった。夕暮れ二本杉方面に帰路の途中、つい欲が出て、八軒谷に寄って帰ることにした。八軒谷の登山道のゲート近辺の林道を少し歩けば、何か珍しい花に会えそうな気がしたのだ。薄暗くなった荒れた狭い道を走っている途中、左の斜面の廃屋、竹林の茂みから落人の霊がいきなり前輪左のタイヤに刀を突きさした。車は急停車。完全にタイヤはバーストして、動かない。ゴリゴリと無理して本道まで降りて小雨の中、電話しようにもつながらない。雨に濡れながら、電波の届くところまで歩き、保険会社に電話する。オペレーターは都会に住む、テレビのコマーシャル通りのさわやかな対応だが、まったく事情がつかめない。「お客様の現在地をお教えください」「五家荘」「ごかのしょう?そんな地名はございませんが…」「えーと、八代市、泉町・ご・か・の・ショー…」「お客様、お客様…少し聞こえにくいのですが…」彼女に僕がどんな山奥で苦労しているかをとぎれとぎれの電話で伝えるのは至難の技だった。結果、熊本市内からのレッカー車がくるまで長い時間を無駄にし、それから市内の工場まで1時間以上。後日、タイヤ代はもちろん、とんでもない追加料金をとられた。落人を甘く見てはいけない。山のパンクは落石のせいではない。

パジェロはすでに販売製造中止の車で、中古というよりも老古車。本当は四駆が欲しかったが予算がないので2駆の車になった。走行距離10万キロのポンコツで相当疲れている。まるで僕の存在そのものではないか。あと何年走れるか?替えの部品も心もとない。しかし気のいい中古屋さんが「ピカピカに磨いておきますけん」と言ってくれた。僕の寿命の範囲内で頑張って一緒に山の坂道を登ってくれるに違いない。(納車は1月16日)

「まだ、五家荘に行っていますよ!」と春になればクラクションを鳴らしたい。

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