2025.10.27
僕は古書店巡りが好きで、熊本の古書店は大体見て、次は福岡にある古書店はどうかとインターネットで検索し、折を見て足を運んでいた。その検索中に出てきた「LUMO BOOKS(ルーモブックス)」は六本松という私鉄の駅から、住宅街を抜けた高台にある2階建ての古民家を改造した古書店だった。
初めて訪問した時はボタボタ雨が降る6月の日曜の事だった。傘をさし汗をかき、雨に濡れ、ようやくロゴのある入り口の看板を見つけ、その入り口から小さな坂道が店に向かっているのだった。
うっそうと草の茂った急な小道を、息を切らして登る。小道の曲がり角の草むらには、うす桃色のホタルブクロがしっとり雨に濡れ咲いていた。林の奥の小さな平地には四角い木を組んだ養蜂用の巣箱が積み上げられていた。その近くにはビオトープらしき池が!…そして坂を登りつめた場所に、ガラス貼りの立派な門構え、店の入り口があった。

一見、和風の高級料理店のたたずまいだが、店内に入ると、約束などしていないのに店主が出迎え、奥に通され、和室に案内され冷たい麦茶をふるまわれた。僕は麦茶で喉を潤しながら、店の縁側から見下ろす都会の景色を眺めた。店内には古書はもちろん、鉱物や標本類などが展示してある。レジの奥の木の階段を上ると2階にも古書が並べられ販売されていた。

「陰影礼讃」谷崎純一郎の有名な随筆。日本家屋は暗がりが基本で、その暗がりがあるからこそ、漆塗りの器も重く輝き、陶磁の食器も闇の中で白く輝くのだ…。何もこの店が谷崎のいうような日本家屋のつくりではないのだけど、外から差し込む光も障子越しでぼんやりした光に変化し、店に和らいだ空気を作っている。


木製のショーケースに並べられた獣類の頭蓋骨標本の白さが浮かびあがり、銀色に尖った鉱物の先も鈍く輝き続ける。いくつもの正体不明のガラスの試験管。そして薄暗い書庫の棚から古書の記憶が蘇る。すりきれた背表紙の作者は何かをつぶやいている。小箱に入った鍵は何を開ける鍵なのだろう。持ち主はもう時間に溶けてしまい、鍵の影しか残されていない。閉ざされた記憶の箱。

2階の棚を眺めながら、窓の上の棚に置かれた谷崎純一郎の「瘋癲(ふうてん)老人日記」を買う。二回目の訪問時も、何故か同じ場所においてあった谷崎の「猫と庄造と二人のおんな」を買う。
店主と自分の本の好みについて会話する機会があり、僕が五家荘の山で自然の写真を撮り写真集を出していることを語ると、店主も昔、五家荘に入った事があるようで話が弾んだ。「五家荘図鑑」のホームページの事も話し帰路についた。
結果、その出会いがきっかけで声がかかり、LUMO BOOKSで写真集「五家荘図鑑」を販売してもらうことになった。2階の棚の上に平積してあり、横には「鬼と来訪伸」吐噶喇列島の奇祭「ボゼ」の紀行書が並べてある。

五家荘の山は深い。秋ともなると午後4時を過ぎる頃には夕暮れの暗さが忍び寄ってくる。その時間を過ぎると、外灯もない山道は濃い闇に包まれていく。
その重い闇の草むらの奥で何やら、生き物のひそひそした話、息づかいが聞こえて来るのだ。身を潜める獣たちの濡れた瞳。風も吹かないのに樹々の枝が揺れている。人も昔、その暗がりの中で暮らして居たのだ。
そんな五家荘の時間を封じ込めた五家荘図鑑。並べられた僕の一冊もLUMO BOOKSの中で、標本箱のような夢を見ている。

※LUMO BOOKS(ルーモブックス)
〒810-0031
福岡県福岡市中央区谷2丁目2-13 馬屋谷テラス 101
営業日: 金・土・日 12:00-18:00
ウェブサイト
https://www.instagram.com/lumo_books/
ドキドキ キノコ図鑑 (撮影 9月23日)