熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2025.08.26

山行

今年の夏も酷い暑さだった。標高1,000メートルを超える五家荘の峠でも、驚くに生暖かい風が吹いてくる。真夏になると、さすがの山野草の開花も少なく、カメラを用意しても被写体はなかなか見つからない。それでも山道を歩くのは良いものだ。誰も居ない暗い小道。ひたすらヒグラシの声が樹々の間からシンシンと聞こえて来る。はるか頭上では鳥の会話が聞こえる。昔の思い出が蘇る。白鳥山をウエノウチ谷から川に沿い登る道。巨木の緑の枝がいくつも重なりあう緑のトンネル。足元の苔の絨毯を踏みしめていく途中には自生したキレンゲショウマの黄色い花が咲いていた。汗を拭き、ブナの大木を見上げると、幹に着生したギボウシの茎は首をもたげ青空に向かい、白い花を咲かせていた。ふぃに舞い降りて来る、道に迷ったアサギマダラ。

残念ながら、今も白鳥山への林道の崩落の工事改修の見通しが立たず、例年なら月に2度ほどは通っていた五家荘へ、2か月に1度行くか行かないかの頻度となってしまった。

この際、これまで撮りためた五家荘の景色、山野草の写真のデータを整理することにした。過去の登山の出来事や、珍しい花々との出会いなど、整理しながら思いだす。

「後で何かに使えるかも?」などの思いで、シャッターを切ったこともあるが、画像フォルダには無駄な画像が積み重なっていた。「本当に、後で何に使うつもりだったのか?」自問しながら、画像をクリックすると、その瞬間、瞬間の画像が消えていく。デジタルの時代、人の生き死にも、懐かしい思い出も、ワンクリックで消えていく。

ハチケン谷林道を峠に向かい登り始める。山頂は目指さない。足元のごつごつした岩を踏みしめ歩く。時間に余裕がないので、目的地を決め、川の水で足を冷やし、コンビニ弁当を食べ、引き戻すことにした。

足元には丸い光の輪がゆらゆら揺らいでいる。もちろんそれは木漏れ日なのだが、あまりに強い日差しでその丸い光の輪は生きているようだ。帰路、川に降り、岩から滴る水の流れを写真に撮ろうとした。苔むした大きな岩にも光の輪が揺らいでいる、白いしぶきのたつ川面にも光の輪がいくつも揺らぎ流れ落ちていく。山の神の小さな魂がこぼれ落ちて流れていくように。

五家荘の盟主、国見岳は熊本県で最高峰の山で標高1739メートル。昭和62年に山頂の磐座(いわくら)を学術隊が調査したことが泉村村史に記されている。山頂の岩場の4か所に開けられた、柱の穴を確認。磐座とは神が宿った住処。下界の神社に祀られている人間が創作した神ではなく、はるか昔、古代人が信仰した自然の神様なのだ。平成4年に再度の学術調査を「国見岳の神籬(ひもろぎ)保存会」が行うが、成果が見られなかった。神籬とは神が下りてくる場所の事。

国見岳山頂の祠は数年前の暴風で跡形もなく吹き飛ばされてしまった。山頂に神は不在だった。つまり僕が見た、丸い光の木漏れ日は、飛散した魂の光だったのかもしれない。

8月15日前後、有志の人々が何十キロもある、祠の材料を背負い、国見岳山頂に立派な祠を建設された。写真を見るに山頂は満天の星空、山頂から新しい太陽が昇ってくる画像も送られてきた。山の神様の荒ぶる魂は人間の手で新しい祠に納まった。感謝しかない。

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時空を超え、縄文の空へ。

縄文の時代からの自然に宿る神を僕は「神」と信じている。日本書紀とか古事記に記された神 (なんとも読みにくい、ややこしい名の神々よ、彼らは空を飛んだり、巨岩を持ちあげたり、争いをする…まるでドラゴンボール) というのは単なる空想物語、創作と専門家の中では定説とされていて、記紀神話など文献が古いだけで国宝扱いされているにすぎない。言葉で書かれた物語はすなわち虚構。本当の神は言葉も持たず輝くだけ、存在するだけの神。

縄文ファンの僕は数回、長野の縄文の記念館を見て回ったことがある。町のあちこちの神社、小さな祠の周りには4本の柱が立ててあり神様が祀られている。この4本の柱は、神籬を表している。急坂から大木を谷に落とし、その転げ落ちる大木にまたがる奇祭「木落とし(諏訪の御柱祭)」は諏訪大社の祭りで、諏訪大社は諏訪湖を挟み、上宮(前宮、本宮)、下(春宮、秋宮)の4つの神殿があり、その4つの宮には大きな心柱が鎮座し、4本の心柱が神を祀る神籬を作っている。国見岳山頂の4本の柱の穴は古代から信仰された山の神が舞い降りる舞台だったのだ。真冬に諏訪湖が凍結すると「御神渡り」という、凍った湖面に見えない神が走った跡が見られることがある。

長野県諏訪郡富士見町にある井戸尻考古館の土偶には有名な、始祖女神像の他にも土器、土偶が展示されていて、ある土偶の(女性)の頭の上には、丸いとぐろをまいた蛇が居る。縄文人は蛇を神と祀っていて、諏訪大社の本当のご神体も蛇なのだ。由緒ある神社のご神体は蛇が多い。

諏訪神社も明治維新前までは、お寺と同体で敷地内には五重の塔や仏教の施設も混在していた(当時は寺が神社を管理していた)が、明治政府の神仏分離の命令で仏教の施設はことごとく破壊された。

国見岳、山頂の4本の柱の跡は縄文時代からの神を祀る、舞台の跡だと信じたい。シンプルに山の神の事を考え、自然と共生した古代に思いを馳せるだけで、救われる魂もあると信じたい。もう一度だけ、登りたい。

はる らん まん

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