今年は暖冬で、いつもより開花が早いらしく、仕事でも使うのであせって支度をした。
今回が本格的な山登りの初日でもある。折角、大枚をはたいて道具を買ったのだ。
前日にも、つい調子に乗って杖を買った。今、山の写真を見るとみんなスティツクをついている。
膝の負担を軽くするらしい。店に行って驚いたが6千円くらいするのだ。しかし万が一(何が?)ということもある。山のイノシシと戦う時もある、かもしれない。そんな時にこの杖が役に立つのだ。
久連子は五家荘の集落でももっとも深いところにある。昨今の大雨で、崖が崩れ、その度に道路も新しくなり、またその道路が崩れてその道路が新しくなる…その繰り返し。思い切ってトンネルまで掘られて以前よりだいぶ近くはなった。
昔は、ここまでたどり着くのは至難の業だったろうと思う。まぁ今でも、最後は車一台分の道幅で落石だらけ、片方は崩落寸前の岩がむき出しになり、片方はガードレールがぼこぼこで、下には渓流が流れている。(マムシ君が泳いでる)要するに離合できない道をゴリゴリ石を踏みながら進むと久連子集落なのだ。
ガイド本のコピー片手にいよいよ、オコバ谷の入り口から登山が始まる。急登、急登と書いてあるがほんまかいな。登ってみて分かる、自分の甘さ、だらしなさ。そう…生涯こんな急登したことのないような、急登が続く。最後はとうとう5分おきに膝をつき、体を休めながらの急登となった。
稜線の近くの台地で、福寿草発見。
まだ2分咲きだが、やはり嬉しいものだ。枯れ葉の陰から黄金色の可憐な花が顔を出している。太陽の光を浴びて、花びらもピカピカツヤツヤだ。運よく雪割りの花の写真も撮ることが出来た。この斜面一帯に自然の福寿草の花が咲き誇るのだろう。名前も縁起がいいので山野草の愛好家には人気なのだ。(盗掘や異常気象で年々、花も激減しているらしい)
写真を撮り終え、来た道を戻るか尾根まで登り、違う道で帰るか迷うが、そのまま登ることにした。そして更なる急登、急登…もうへとへとだ。
オコバ谷分岐まで這い上がり、岩宇土山の頂上(1347m)を踏み、帰路に。それが、今度は急登の反対…急な下りの連続!谷間に張ってあるロープをつかみながら、足元の道がどんどん崩れていくのを誤魔化しながら、とにかく下る。いよいよ、ロープにぶら下がりながら下る…というより落ちる。全身、緊張の連続だ。前日に買ったこの杖がなければ、僕はすでに木の枝に引っかかって助けを求めていたに違いない…。
ようやく、ちょっと平らな場所にたどり着くと、そこには小さなお地蔵さんが祀られていた。いったん通り過ぎるが気になり引き返して写真を撮らしてもらう。
右の側面には二月十六日とあり、左には明治三十年、八代郡久連子村とある。正面をよく見ると、お地蔵さんは小さな子供の形を抱いているのが分かる。ほとんど消えかかっているけど。この場所でも標高1000m近くある。集落からは、登りで1時間以上かかる場所にポツンとあるのだ。
その場所からまた、ものすごい下りで、僕はようやく夕方5時過ぎに車を置いている広場にたどり着いた。
たまたま明日がお地蔵さんに刻まれた二月十六日で、もちろんその日に何があったのかは知る由はない。なぜあの場所にお地蔵さんが祀られているかも。
ちょうど、お地蔵さんのあたりも当時は福寿草が満開で、とてもきれいな景色だったのかも知れない。お地蔵さんの家族を囲む、金色の福寿草。もう百年以上も前の、山の物語なのだ。