熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2017.08.06

山行

五家荘の山は希少植物の宝庫と言われる。これまで希少植物と言われても、全然ピンとこなかった僕なのだけど、いったんその存在を知ってしまうと、どうしても見たくなるのが人情だ。山の先人のMさんやOさんのブログ、フェィスブックを見るに、これまで見たこともない花々がその時期になると、どんどん出てくる。どれも開花期間が短く簡単に会えないものが多い。気候や山行の都合でタイミングが合わなければまた来年、ということになる。で、またダメなら再来年。つまりある程度の種類を集めようとすると、何年かかるか分からないのだ。咲いている場所も一緒に山に登れば教えてくれるが、机上では無理。体で覚えろ…というわけではないけど、そう簡単に教えるものか、そうして簡単に教えられると、教えられた方も誰かに簡単に教える気分になり、その情報の連鎖でいつしか盗掘者に伝わる可能性もある。これまで、花の盗掘の被害も結構なものだそうだ。

クマガイソウ、フガクスズムシソウ、ヒゴイカリソウ、ショウキラン…カタカナで書くと単なる記号にしか見えないが、漢字で書くと、熊谷草に富岳鈴虫草、肥後碇草、鐘馗蘭…一瞬で希少植物に変身する。

春先に熊谷草(クマガイソウ)…「クマガヤソウ」とも呼べるとのことで、つい僕は「クマガヤ」さんと言ってしまう…がOさんのフェイスブックに載っていたので、いてもたまらず山に出かけた。そのコメントを読むに、林道のすぐ脇の草むらに咲いているとのこと。その林道もどこかで見た林道である。つまり、労せずすぐに「クマガヤ」さんを見る事ができると僕は一人ほくそ笑んだのだ。

「クマガヤ」さんの野生種は、環境省のレッドリストにも指定されるほどの希少植物だ。なんとも古風な顔をしたラン科の植物で、ほっぺたがふくらみ、平安時代の絵巻に出てくる貴族のような面持ちだ。名前は源平合戦の武士、熊谷直実に由来しているとの事。

「ははーん、あのあたりか…」車をどんどん山の奥に進める。ところが天気が途中で一変、雨に変わる。(僕は結構な雨男なのだ)そして本降りに。しかし、雨がなんだ、風がなんだ、(仕事がなんだ)、来た以上は「クマガヤ」さんを絶対探すのだと、僕の決意は固い。

ところが、行けども行けども、全然見当たらない。馬鹿みたいに林道を駆け巡る。森の奥の十二単をまとったクマガヤさんは何処に…。雨脚はおさまらない、あたりは暗くなり写真どころではない、もう時間切れ。悔しさを胸に、僕は山道を帰路についた。

後日、Oさんにさりげなく、「クマガヤ」さんのことを聞くと、

「なーん、あの写真はほれ、林道じゃなか、※※さんの家の横に咲いとるとたい。林道の写真は、時間があったけんイタドリ(山菜)を取りに行った時の写真たい」とOさんは答えた。

一週間後、その※※さんの家に行くと、すでに花の落ちた扇型の葉だけ残った「クマガヤ」さんが居た。絶滅危惧種が民家の庭先に咲いているなんて。(そう言えば、カタクリの花も民家の庭先に咲き誇っていた)恐るべし五家荘。

Oさんにはその後もお世話になった。7月には富岳鈴虫草(フガクスズムシソウ)を探しに某山に登った。この草もよく盗掘されているようだ。その名のごとく花びらの色が茶色で鈴虫に似ていることから名前が付いたのだろう。富岳というのは最初に発見されたのが富士山麓だったことかららしい。しかしこの花は地味すぎる。咲く場所というのも自然林の幹に生える苔にくっ着いて咲くという珍しい咲き方で、探すにもそれらしき大木を見上げて回らないと見つからないのだ。とても素人が見つけられる代物でもない。そんな途方に暮れかけた僕の目の前に、ひょっこり現れたのがOさんだった。(Oさんはれっきとした社会人なのだが週に2回は山に登っている猛者なのだ)その日は、暇だから山をぶらぶらしていたとのこと。標高1,600メートルの山が暇つぶしとは驚くばかりだが、Oさんは気前よく鈴虫草の咲いている場所を案内してくれた。まだ咲き初めの時期で群生は見る事ができなかったが、そもそもOさんと出会わなければその日も徒労に終わったのだ。ありがたく花を写真に収め、一息ついていると「先に下山しますけん」とOさんは忍者のように目の前からスッと消えた。

僕の心の声…「あ、Oさん、ここどこ?花は見れたけど、登山道から大分、外れてしまったようで、だいいちここは迷いやすい場所で有名ってOさん言ってたじゃない…なんでいきなり消えるかなぁ」

それから僕はおよそ30分、山中の藪の中を彷徨ったのだ。一つ尾根を間違えると大変なことになる、恐るべし五家荘。

その日は、道の途中でこれまた珍しい、鍾馗蘭にも会えた。ショウキランも県によっては絶滅危惧種に指定されていて、調べるに「葉緑体を持たず菌類に寄生する腐生植物」とのこと。言い換えれば、腐った苔などに寄生しておりながら、花は造花のように派手なヤツ。しかも肉厚。このピンクの花が苔むした緑の中にニョキニョキと顔を出し群生していた。この異様な“花の家族”も1週間でしおれるらしい。会えて良かった。来年、同じ場所で会えるかどうかは分からない。

今回、お盆にOさんらが企画した、川の源流を訪ねる日帰り山行に参加することにした。言わば、大人の夏休みだ。総勢30名の大所帯。日頃は単独行が基本の僕は、山の学校に転入してきた転校生のこころもちである。道に迷いやすい僕は、みんなに迷惑をかけないようにしようと思う。(しかも、雨男だし)

Oさんは、その山行の次の日には、また違う山に幻の「肥後碇草」(ヒゴイカリソウ)を探しに行くそうで…Oさんは五家荘の希少植物ならぬ、希少人物なのだろう。

ガヤガヤ、ゴカコヤの谷

雨の日はしょうがない。

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