2021.05.18
山行
4月25日は五家荘の山開きの日だった。この雑文録を書いている日からすでに大分時間が経ってしまった。今、熊本地方は例年より1か月も早く梅雨入りしたとしきりにテレビやラジオで言っている。晴れだろうが雨だろうが、何にしても人間の暮らしは自然の中にある。
その山開きの日はとても天気も良く、吹く風も春の陽気を帯びて、それまでの寒々しく重い日々から解放され、春の到来を喜ぶ気持ちで山野は満たされた。花たちは一斉に咲き始め、蜜蜂はさっそくぶんぶんと開いたばかりのつつじの花の赤や白の花々を渡り歩く。甘い蜜の香りも吹く風に交じり、鼻をくすぐり僕の頭も陽気でぼうとする。頭上の野鳥たちのかけあう鳴き声もうるさいくらいだ。
その日の僕の足は何故かハチケン谷に向かった。ちょいと覗いてみようという気で。ハチケン谷の林道は大分前にイベントのお手伝いで京ノ丈山に登るルートとして何度か歩いた事があった。林道の終点の峠には春には杉木立の中に芍薬の群生地があり、お椀のような白い花が咲き、秋はタンナトリカブトの群生地に紫の異形の花が咲き誇る。その当時の林道はなんとか車も通うことができて、イベントの参加者の緊急用の送迎ルートとして使用された。思い出すのは参加者の宿として利用した谷の奥の民宿「平家荘」から主のMさんが客を乗せて運転するランドクルーザー(年代物!) をMさんの愛犬、ラブラドール・リトリバーの「マル」ちゃんが巨体を揺らしながら岩だらけの林道を駆け、ひたすら追いかけて来たことだ。結果僕は、その「マル」を峠で紐でつなぎ、ペットボトル(シャレ)の水を垂れ下がる長い舌に含ませ、迎えが来るまで待っているだけのお手伝いしか出来なかったのだけど。
その後、度々の水害でハチケン谷の林道は車の通行どころか、大規模な崩落が相次ぎ、道や川は土砂や倒木でとんでもない荒地に変わってしまった。自然の力による大規模自然破壊とでもいおうか。
そんな記憶しかないハチケン谷が、今回ゲートを通ると、見事な林道に変身していて驚いた。崩落個所は多少残るものの、道をふさいでいた岩は取りのぞかれ、誰でも自然を楽しむことのできる山道に変身していたのだ。これなら左膝のじん帯に古傷のある僕でもぼちぼち歩くことができ、春ののどかな森林浴を楽しむことができ、おかげでいくつもの春の花々を写真に収めることができた。ただ林道を上り詰めると、京ノ丈山への登山口から左にコンクリートで固められた立派な林道が新装オープンしていたのだけど…。結果、林業用のトラックが行き来できるように道が整備されたのだった。自然の力で破壊された自然が、人力で再度整備され、林道が出来、その恩恵で自然を楽しむことができるとは…何とも複雑な「自然」のこと。
その日撮った写真は数々あれど自分で一番お気に入りの一枚は、入口のさび付いたガードレールの下でふと見つけた、「タニギキョウ」のそよそよ族。新入生の彼女らは春の風に吹かれ、みんなで白い花びらを揺らしながら、先生の振るタクトに合わせ首を右に左に振りながら、彼女たちは楽しそうに歌を歌っているようだった。そよそよ合唱団の一枚は、山開きからもう1か月近く経つけど、画像をスマホに転送し、コロナ過の中、すさんだ気持ちで日々を送る自分をいやす一枚にしていた。やっぱり、山はいいものだな。