熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2018.08.22

文化

先週はリハビリ、撮影も兼ねて、烏帽子岳のへ道を歩いた。烏帽子岳の標高は1692メートル。峰越より約3時間、延々と尾根道を歩くのが一般的なルートとなる。急な坂もないが体力勝負の山なのだ。(僕は草食恐竜の長い背を歩く気分となる)高度のある稜線ルートで、天候も急変しやすく、陽の当たる快適な登山道が、一瞬にして白い霧の中、谷から冷たい雨風が吹き上り、体も冷えこみ、逃げ道もなくなる時がある。山頂付近は春先のシャクナゲの群落が有名だけど、残念ながら僕はその開花には出くわしたことはない。カメラの三脚がシャクナゲの枝にひっかかってひっくり返りそうになった記憶しかない。

今回は峰越から約20分、ぼんさん峠の往復までにした。ぼんさん峠(越)その名の通り、五家荘の地区にお坊さんが居ない時期、どこかの家に不幸があるとその峠を越えて家の者か、村の若者が椎葉村のお寺まで、お坊さんを迎えに行き、代わりに荷物を背負い、越える難儀な峠の名称なのだ。里からいきなり高度1500メートルの峠を越えるのは、相当きついことに違いない。樅木神楽の由来も、椎葉村の神楽の流れをくむとのこと。峠を境にいろいろな文化の交流があったのだろう。昨年僕が見学した樅木神楽にも椎葉の神楽の人が来賓(?)で楽しそうに神楽を奉納されていた。

宮崎県椎葉村は日本民俗学の大家、柳田国男氏が明治に訪問した村で、柳田国男は秘境に伝わる山の神の信仰、伝承されてきた文化に感動し、聞き書きして「後狩詞記(のちのかりことばのき)」を著した。それは日本民俗学の誕生とも言える名著とのこと。僕の恩師(いつも激怒、ののしられている・・・最近、怖くて訪問できず)永田先生が刊行された「五家荘 森の文化」も、後狩詞記を底本にされたようで、中身の濃い、時間と手間暇かけた、力作なのだ。しかし、残念なことに、「五家荘 森の文化」は平成23年に刊行された比較的新しい本なのだが、今の五家荘で、すでに失われ、見ることの出来なくなった文化の記述がある。又、先生の友人の江口司氏(故人)は、柳田国男が当時宮崎、熊本を訪問した足取りを追体験された「柳田国男を歩く」というタイトルの本を発刊された。まさに柳田の背中にぴったりと張り付いたように、後を追いかけながらも、柳田が残したわずかな軌跡まで綿密に調べられ実証された熱意はすごいものがある。江口氏は大学の民俗学の教授でも公務員でもなく、市井の人(看板屋)で、もともと釣りが好きで五家荘の渓流に入り込み、30を過ぎて民俗学に取りつかれ、亡くなるまでフィールドワークをされていた人だ。もし氏が存命ならば、永田先生と並んで僕はそのいい加減さを徹底的に追及されたに違いない。五家荘は自然はもちろん、知れば知るほど文化、民族の分野でも奥が深いものがある。

今回、何故僕が「ぼんさん峠」まで歩こうとしたか。「後狩詞記」を読み、「柳田国男を歩く」を読んだ以上、どうしても僕は行かざるを得ない気持ちになった。そして、その日のぼんさん峠から里に続く山道はしっかりと踏み分けられていた。

※僕が健康体であるならば、ぜひ一度、真冬に夜通し演じられる椎葉村の神楽を見に行きたいと思う。また、柳田国男の山島民潭集にある全国の河童の伝説や、だいだらぼっちの軌跡をたどりたいものだ。

地域おこし、世界遺産もひと時の賑わいで、そりゃあみんな楽しかろうが、あまり地域の文化伝承をショーアップしてはいけない。一時期、県内で●●館などの建設ラッシュがあったが、今は、どうなのか。イベントを見慣れた観光客やマスコミは、さらに刺激的な見世物を探してひと時のネタを探すのに忙しい。要するに見飽きたイベントはもう見に行かないのだ。人の来なくなった●●館は、今では維持運営費を稼ぐのに必死なのだ。

今回の山行で、僕は山の神様からささやかなご褒美をもらった。烏帽子ではなく、ある山域を一人さまよっていると、苔むした倒木の上、隠れるように、緑色の線の入ったスカートをはき、首をうなだれ、うつむき何か泣いているような面長の超美人と出会うことができた。その花の名は、「ギボウシ」…か弱さ、美しさには似ても似つかぬ名前である。

ネットで検索するに、園芸店でポットに入って通販されている「ギボウシ」さんと似ても似つかぬ別人、美人だ。園芸店の彼女達はまさに、コピー商品。なんの感動も起こらない。

深い森の中で風に揺れて涙を流すギボウシさんだからこそ、美しく、泣いている理由は分からぬが、背中をそっと抱いて慰めたくなる。

だからさ、●●館というポットで栽培され、演じられ販売されるコピー文化商品を僕は見に行かない、行っても何の感動もないからね。地域おこしとやらに、お付き合いで相槌を打ち、感動した振りするのも疲れるだけ・・・嗚呼、僕もぼんさん峠を降りて、椎葉村の神楽が見たいものだ!

コロンブスの卵あり。

酸欠で引き返す。

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