熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2016.04.12

山行

ここ半年、熟睡したことがない。

大まかな睡眠時間、約5時間。一日のほとんどを仕事ですり減らし、疲れてはいるのだけど眠れないのだ。春になるとよけいに眠れなくなった。枕の向こう、夜が明けるのと同時に裏山で小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。うぐいすの声しか知らないのだけど、色々な声があちこちで聞こえてくる。厳しい冬を超え、待ちに待った春、桜や椿の花の蜜を吸い、彼らは生まれてきたことが本当に嬉しくて仕方ないのだ。

僕の家の周りには数えるほどしか民家がない。過疎が進みいまや空き家だらけ。僕の体も60歳近く、どんどん痛んできたなぁ。よけいに今の時期、生まれたての声を聞くと、うらやましくもあり、その落差にやる気も起こらず、寝不足のよどんだままの頭を抱える日々なのだ。

先週、久しぶりに五家荘に写真を撮りに行った。

残念ながら春の嵐、大雨と大風で写真どころではない。激しい雨で山里もぐっしょり洗われたような風情だ。緒方家の近くをうろうろするも、何も撮りようがない。緒方家は平家の落人の末裔の棲家で、当時の藁葺の家がそのまま保存してある。

五家荘は秘境と呼ばれつつも、道は舗装され交通の便は良くなった。緒方家も観光スポットの一つとして、数百円払えば、誰でも上がりこめる庄屋の家となったのだ。言いかえればもう、主の居ないスッカラカンの史跡なのだ。写真を撮っても絵葉書のような写真しか撮れない。

僕が以前から気になっているのは、その緒方家から数十メートル先の民家だ。この木造の建物も相当古く、増築されたのか母屋から離れが突き出しているような複雑な作りをしている。周りの石垣も相当古く苔がはびこり、家全体の歴史を伝えているかのようだ。

この民家がどうしても気になりながらも正面からシャッターを切れない。家の人が見たら驚くだろう。見慣れぬ男が正面からカメラを構えているなんて。しかし、しかしだ。このどっしり構えた家の中はどうなっているのか、奥の奥はどうなっているのか気になって仕方がない。

土砂降りの雨に隠れて、数歩近づいてシャッターを切る。濡れた歩道が散った桜の花びらで埋まり、白い道となる。レンズが雨で白く曇り始めた。数歩進んでまたシャッターを切る。石垣には、紅い花が咲き誇り、その花が雨に濡れまた風情がある。この民家は仕事で擦り切れた、何の価値もない僕の時間とは違う、じっとり濃い時間が渦巻いているような気がしてならないのだ。

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誰か来たような気がする…縁側からほのかな光が射しこんでいる…雨の音が朝から聞こえてうるさい、ぼたぼたと庭木の葉を打っている、今朝は鳥の声も聞こえない…まさかこんな山奥に、人が来るなんて…体はほとんど動かなくなった、今日はどんよりとして時間も淀んでいるようだ。

ついさっきまで、延々と子供の頃の夢を見ていた。

誰か来たような気がする…あなたは何者か?

 

雨の白鳥山

福寿草とお地蔵さん

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