熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2024.06.06

山行

久しぶりに白鳥山に行った。樅木から峰越1480m(峠)を越え、宮崎の椎葉村に向かう車道が崩落し、長らく通行止めになっていたのがようやく解除されたのだ。ただ通行可能になったからと言って、荒れた道が整地されたのはともかく、崩落した場所は簡単な応急措置…というか、ほとんどが赤いコーンを立てただけの放置、ガードレールはだらんと垂れ下がり、谷底まで切り落ちて下を見るとぞっとする。そろり、そろり、なんとか車を山側に寄せて、進入禁止のロープすれすれに回避するような道ばかりなのだ。

白鳥山周辺に群生する芍薬の花の開花情報に誘われ、今年こそはと早起きし、頑張って山に向かった。峰越の登山口から尾根を伝い、芍薬の群生地に向かうルートにする。ところが、下界の天気予報は晴れにもかかわらず、峠に近くなればなるほど尾根には不気味な、もくもくとした濃い白雲が湧き上がり、まさかまさか、峠に着いた時は辺りは暴風と霧に包まていた。

連休でもあり、駐車場にはいくつものテントが張られ、数人の若い男子に出くわした。みんな山の雑誌から出て来たようなおしゃれな格好に半ズボンのいで立ち、ステイックを握りディパックを背負い、笑いながら順番にスタートした。あの格好では絶対寒いと思うのだけど。トレイルランなのか、走っているうちに体も温まると思って居るのだろう。後には、彼らと同じ今風の派手な登山ファッションで固めた老夫婦も続いた。みんなの姿はそうして、しゃわしゃわと湧き出した白い霧に包まれ、あっという間に姿を消した。

峰越登山口から白鳥山への尾根道は、それ程登り下りの激しいルートではなく、登山と言うより、僕にとっては山歩きと言った方が正しい。もちろん、その先の山に向かう人たちは登山なのだろう。天気が良ければ、しっとりとした湿り気のある小道で、歩きにくい岩もなく膝にも優しい。本来ならばこんな楽しい山歩きはないというルートなのだ。しかも、その先には、芍薬の白く清廉で、蓮のつぼみのような美しい群生が待っている。ただ今回のように突然、白い霧に包まれるのも白鳥山で、五家荘の山の中でも人気の山の分、たくさんの踏み跡もあり、その霧に包まれふと、踏み跡からはみ出すと、どれがどの道やら、一気に方角を失い、自分の居場所が分からなくなる危険な山でもある。ぐるりと見回してもうっそとした樹々の茂み、道を塞ぐ倒木の姿がある。白鳥山のやさしく白い鳥達は居なくなり、入れ替わり白い霧達がじわじわ忍び寄ってくる。気温は一気に下がり、風が吹くと、さらに体温が奪われる。7、8年前の5月に訪れた時はブナの木の根にいくつもの積雪があった。

今回久しぶりに歩いていて、尾根筋に根を生やしていたはずの倒木の多さに気が付いた。なんと悲しい事か。以前は巨木のまわりに、たくさんの苔やギボウシ、フガクスズムシソウなどがからまり、珍しい山野草の新芽が見られていたのに、その母なる巨木本体が倒れている姿があった。昔の豊かな森の記憶が、寂しい景色に上書きされる。森の小道を、花々を探して歩き、彷徨う、至福のひと時は過去のものか。海抜ゼロメートルの自宅から、2時間近くかけてやって来たのだから、先を急ぐのはもったいない。岩に腰を下ろし当たりを見渡す時間は僕だけのものにしたい。以前は先ばかり急いで歩いていた自分が、最近の山歩きでは遠くで物音が聞こえる度に立ち止まるようになった。

僕は夢想する。何本ものブナの巨木がもんどり打って倒れる。木々の葉が揺れる、枝がばきばき折れ飛び散る。鳥の黒い影が空に飛び立つ、鹿が跳ね起きる。何体も何体も、森を支える巨人、緑の巣があおむけに倒れて行く。そういう景色は想像できても、何故かその沈む音を聞くことができない。だから耳を澄ますのだろうか。この自然の森も死が近いのだろう。味気ない人工の森が足元まで迫っている。

 

 

峠から先行した老夫婦が引き還して来る。「芍薬はどこですか?」ヤマップのルート図が映る携帯を突き出す。携帯ではこの深山も小さく手の平に乗るサイズ、その地図では数センチで芍薬の群生地に着くはずだ。「あと1時間近くはかかりますが」五家荘で僕に道を聞くのは極めて危険だがね。夫婦は待ちきれず「帰ります」と言って山を下りて行った。

一瞬消えた白い霧が、また湧き上がって来る。白鳥山ではそんな景色が最高の景色でもある。ようやくドリーネの近くまで来る。ドリーネとはサンゴ礁が化石化しすり鉢状にへこんだた地形の名称。水に侵食されて奇岩が付き出したりしている。今は山の中でも古代ではここは海だったのだ。もともとはサンゴの白が、いまは緑の苔におおわれて、白鳥山のドリーネの景色は、巨大な白い像の背骨の群れが重なっているように見える。ドリーネの地形は鍾乳洞とも関係があるらしい。足元では丸く苔むす岩が転がり、小さな丘が出来てその岩々に白い可憐な芍薬の花が顔を出し始める。風が吹き、霧が晴れ、当たりを見渡すといくつもいくつも、両手で丸く手の平を合わせたような花弁が顔を出す、幻のような景色が見える。

柵で保護された、白い巨像のようなドリーネの森が見えて来る。リュックから三脚を出し、カメラを構えシャッターを押す。小道からはみ出し、岩の間に足を踏み入れ、芍薬を追いかけカメラを構える。踏み込んだ足元の枯葉の下に、空洞がありはしないか、時に恐怖を感じる事がある。石灰岩は硬そうでもろい。足を踏み込んで、ごぼっと空洞に落ちはせぬか。とっさにつかんだ岩が崩れ、自分が落ちた穴をふさぎはしないか。深い深い、岩の穴。助けを呼ぼうにも道から外れ、そう誰も気が付くはずはない。ドリーネの下には鍾乳洞がひっそり口を開けているのかもしれない。

 

 

白鳥山は謎の多い山でもある。ドリーネの横の湿地帯は御池と呼ばれ、雨乞いの行われた神聖な土地と言われていた。雨乞いが行われていた当時は今のような湿地ではなく、もっと深い沼地ではなかったか。今は泥で埋まっていても、場所により、深い穴が口を開いてはいまいか。雨乞いの神事は誰が行ったのだろう。椎葉から上がって来た修験者なのだろうか。

古代から神が降臨する場所は、磐座(いわくら)という岩場で、白鳥山の御池の磐座はこの大きなドリーネに注連縄(しめなわ)が張られ、自然の神、雨を降らす神を出迎えたのかもしれない。神秘の山、伝説に満たされた白鳥山。積み重なる歴史の山は昔、蒼い海底だった。

よく語り継がれる言い伝えで熊本側の話では山頂から5本の矢が放たれ、五家荘の地名になったと言われ、宮崎側からすれば、源氏の追っ手から逃れた平家の落人が山頂の白いドリーネの景色を見て、もはやこれまでと諦め自刃したとも言われる。この言い伝えは椎葉山一揆の悲しい伝承とも重なり、山人の暮らしの困難さはかなさを思わずにいられない。

五家荘の山で不思議なのは、国見岳、白鳥山と連なる烏帽子岳も、西の岩の尺間山、更に釈迦院まで修験の跡があるのに、これと言った石仏や摩崖仏の姿が見られない。地形や人口の少なさもあるのだろうけど、そういう仏様の姿は、時の流れに霧散したのだろうか。

気が付くと、足元にざわざわと緑のバイケイソウ群れが攻めて来た。こんな広く大きなバイケイソウの大群落は見たことがない。バイケイソウは、全草に有毒アルカロイドを含有し加熱しても毒は消えず誤食したら命の危険もあるそうだ。気温が上がるとバイケイソウの緑の葉からアルカロイドが発散されるのか、群生地のあたりは命の気配はなく、しんと静まり返っている。

 

 

こんな事を考えながら山に居ると峰越からドリーネまで、普通なら片道1時間少しの道のりを、たっぷり2時間以上かかってしまった。御池から先に進む意思は僕にはない。弁当を食べ帰路に就く。

尾根に倒れ、枯死した巨体の幹にギボウシ(?) の若葉が開いていた。ギボウシは緑の葉の間から茎を伸ばし、白いユリのような可憐な花を咲かせる。僕は山に咲くギボウシの花が大好きなのだ。巨樹の死体に芽生えた緑の若葉。これは希望なのか、絶望なのか。

 

 

緑の白鳥山

スミレ 2段構えの術

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