熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2023.08.05

僕が呼ぶ、熊谷さんとは、山野草のクマガイソウの事で、実在する人の事ではない。

クマガイソウは葉の間から花茎を出し、ぷくんと丸く膨らんだ姿が珍しい蘭科の仲間。花の大きさは10センチくらいあり、なんとものんびり、古風な顔立ちをしている。日本の野生ランの中では最大級の大きさとの事。

 

そのおしとやかな、のんびりしたクマガイさんの和名は、武将の熊谷直実(くまがいなおざね)にちなんで名づけられた。五家荘は平家の落人伝説で有名な場所だけど、残念ながら熊谷真美は平家の敵、源氏側の武将なのだ。ただクマガイソウには相棒(敵同士)が居て、その花の名は平家の若武者、平敦盛(あつもり)から取られた「アツモリソウ」という。

 

平家物語の絵巻には熊谷直美、平敦盛、両者馬にまたがる勇壮な姿の背中に「ぼわん」とふくらんだ母衣(ほろ)の姿が見える。その不思議な姿は登山用具で言えば風に膨らんだポンチョをまとった風体なのだ。当時の武士は、背中を流れ矢に追わないために、丸く膨らんだマントのような母衣(ほろ)を身にまとっていた。

 

クマガイソウ、アツモリソウ、そのふくらんだ外観は、当時の武士が身にまとった母衣のように見える。更に例えて言えば平家物語に書かれた、源氏の熊谷直美、平家の平敦盛のようだと花に名を付けたのだろう。名付けた人も風流人なのだ。色も紅白、源平の対をなしている。クマガイソウの白、アツモリソウの赤。

 

一の谷の決戦(1184年)で破れ、敗走した平家軍が海に逃れようとした時、源氏の武士熊谷真美が、待ち伏せし平家軍団を呼び止める。「敵に背を見せて逃げるは卑怯千万。戻られよ!」と扇を上げて彼らを招く。そして敗走していた集団の中から引き返してきたのが平家の若武者「平敦盛」

 

熊谷直美は敦盛を引き寄せ、馬から地面に落ちた敦盛の首をかき切ろうとした。そして兜を仰向け顔を除くと、自分の息子、小次郎と同じくらいの10代の美青年だった。いくつかの言葉のやり取りの中、若武者敦盛の潔さに直美は迷う。この武者を討ったら、彼の両親はどんなに悲しむのだろう…振り返ると仲間の騎士団が二人の戦いぶりを眺めている。このまま命を助けても仲間が敦盛を討つだろう。どうせ討たれるなら、自分で首を取ると決める直美。あまりにも哀れでどこに刀を立てたらいいのか、ためらい涙で目がくらむ。そして泣く泣く、若武者の首を切った。

 

熊谷は敦盛の首を包もうと、敦盛の鎧を解くと、袋に入った笛を見つける。一の谷の城で戦の最中、風流にも楽曲の調べが響いてきて、その笛で曲を奏でていたのが敦盛と直美は気が付く。何万騎の激しい戦の中でも曲を奏でる風流、粋な若武者、平敦盛の高貴さに改めて熊谷は感心する。その事がきっかけで、熊谷直美は武士を引退、出家し仏道に入った。

 

数年前の秋、五家荘の「平家の里」のイベントで、能舞台で神楽の演舞を観た後、平家琵琶の調べを聞いた事がある。(平家琵琶とは、「平家物語」を琵琶法師が語るときに用いる琵琶)秋深い五家荘の谷の暗がりに、しんしんと切ない琵琶法師のうたいと、琵琶の調べが響いた。今、改めてその調べを聞くことが出来たらもっと、自分のこころに迫るものがあったはずと悔やんでいる。

 

平家物語が書かれたのは鎌倉時代。今から約800年も前の事。この花たちの名前はその当時から時空を超えて引き継がれて来た歴史ある名前なのだ。

 

残念な事に野生のアツモリソウを僕は見たことがない。死ぬまでに会えるかどうか。それくらい希少な花なのだ。資料を読むに、種は微細で発芽に共生細菌が必要で、自然の発芽率は約10万分の1。野生の花を紹介されたサイト「花さんぽ」で、撮影者のHさんは敦盛草を発見した時、感動の余り大声でその名を叫びそうになったそうだ。しかし万が一、盗掘者の耳に入ったらと一大事と思い、必死で口を押え、敦盛草の写真を撮った。あとは枯草でその存在を隠したと書かれている。

 

クマガイソウもアツモリソウも希少植物でレッドデータブックに記載されている。金目当てに盗掘された花は枯れる可能性が高い。その後、いくらお金をかけても野生の姿は復元できないのだ。花だけのことを考えると、最近はバイオ技術で人口栽培品が出回っているそうだけど…

盗掘には罰則があるが、その罰則が実行されたという話を僕は聞いた事がない。数年前、五家荘の谷で山芍薬の盗掘3人組の事を警察に通報したが、現行犯でないとダメ。盗掘した場所が特定できないとダメと言われた。深山は盗掘団の金の生る山なのだ。熊本県の自然保護にも話をしたが担当者は、何の反応も関心もなかった。持ち回りで、課を移動しただけらしい。自然保護課が熊本県のレッドデータブックを発刊している大元なのに。去年、山が蛍光スプレーでマーキングされた事件も話たが、無反応。

 

この雑文録を書くきっかけは、ついこの前、阿蘇の某道の駅で熊本県のレットデータブックに指定された生き物、植物のチラシが貼られ、「みんなで阿蘇の自然植物を護りましょう」的なコーナーがあり、その真下に山で削り取られた苔が白いスーパーのトレイの上に一山150円で売られていたのを見たことがきっかけ。(買うにしても僕しか買わないだろう…)

そうして、更に奥を見ると、そのレットデータブックに指定されたクマガヤソウの苗が販売されていたのだ。1株1400円。栽培法は花を咲かせるのは難しいと書かれてある。(そりゃ、そうだろうよ)

 

※クマガヤソウは熊本では絶滅危惧Ⅰ類に指定され、採集はもちろん販売も禁止されている。そんな絶滅種が1株1400円で道の駅で販売されているなんて!

店の人に話をしたら知識不足でしたと…びっくりして弁明された。その会話に喜々と割って入ったのが地元民のじいさん。「こん花は、某所にいっぱい咲いとるたい」と、嬉しそうに語った。「あそこん、●谷の斜面にぐっさり咲いとる、そこから抜いてきたとやろなぁ」(そのじいさん。善人そのもの。) そのクマガヤソウがいっぱい咲いている場所には、もうクマガヤさんは居ないのかもしれない。

新聞の記事でお隣の宮崎県では「クマガヤソウの群生地」が復活されたそうだ。一人の人が行動をはじめ、みんなを巻き込みクマガヤ草の群生地が出来た。五家荘も群生地の復活は絶対できると僕は信じたい。

平家の里なので、アツモリソウもぜひ!…アツモリソウは日本の中部以西では「絶滅」したのだけど。(AIだのSDGSなんだの頭賢いふりした我ら現代人が盗掘、自然破壊で日本半分からアツモリソウを絶滅させた)

我が熊本県は自然保護後進県。まだ、お金をかければ地域振興が出来ると信じている役人、県民が多々増殖中。お隣の村にはポンと100億円。人を育て、花を育て、森を育てるのにそんな金はいらんのに。

※写真のクマガヤソウは五家荘、某所で撮影。善意で移植し保護されたものを撮影させていただいた。

晩夏の谷に赤い実、爆(はぜ)る

山の精を浴びに行く

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