熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2024.09.25

山行

植物園とは大げさな言い方だけど、五家荘に出かけると、植物との新鮮な出会いがある。山に居る間、小さな自然の植物園の中を、彷徨っている気分になることがある。

わずか、ほんのわずかの数時間…

今夏の夏の大雨で、登山道へ続く林道があちこちで崩壊し、おそらく復旧工事には年単位の期間が必要との悲しい知らせを聞いた。

五家荘の盟主、国見岳なぞ登山口まで続く林道が崩壊し、もう数年は経つ。林道の向こうに民家があるわけではないので修復工事が後回しになるのか、熊本県最高峰の山頂から広々とした九州脊梁の山々の景色を眺めることができない。山野草の宝庫、僕の一番好きな白鳥山への道路も夏前にようやく通行できるようになったのだが、又崩落し、通行が不能になったとの事。

唯一、僕に残されたのはハチケン谷周辺の登山道しかない。ハチケン谷と通じる「京丈山の山頂周辺にトリカブトが咲き始めたという情報を得て、運転役の家人に伝え、二人で山に向かう事になった。

ハチケン谷も過去は大崩落、修復、崩落の繰り返しだったが、近年は林業用の道路として道が平たくなり(もちろん舗装はされてない)、京丈山への登山口へ続く道となった。それでも時々、落石があり、ヒュッ!とこぶし大の石が風を切り、頭上の木々の葉をバサッと揺らす時があるので基本ヘルメットは必要。

いつもはその林道を歩くだけ、登山口でもうヘロヘロになり引き返すのだけど(何をしにきたのか) 今年こそはトリカブトを見に行こうと家人も同行となった。二人とも猛暑の中、すでにふらふらなのだけど。風も吹かず、足元が焼けるように暑い。そしていつものように登山口で力尽き、時は11時。コンビニおにぎりでの昼飯となった。

長い昼食。ようやくおにぎりでエネルギーが補充され、「もう帰ろうか」と言うに、家人は「トリカブトがどうしても見たい」と言う。

「カブトカニが見たい」「カブトガニ?」「トリカブトって何?」登山口の前で、二人の脳内は暑さで沸騰していた。「カブトガニって、海に住む、珍しいカニの事でしょうが!」「トリカブトって、てっきりその仲間かと」「山にカニが棲むのか!」

混乱を避け、議論を避けるため…僕らはすでにパンパンに硬くなった、ふくらはぎをさすり、ヘナヘナの体を起こし立ち上がり、久々に京丈山頂へ向かう事になった。深く暗い杉林の急坂を登り詰め尾根に出ると、右手に杉林、左手に自然林の林が広がる道になった。幾分か涼しくなり足元もしっとり腐葉土で歩きやすくなる。途中、雁俣山からの尾根道の分岐に出て山頂を目指す。

縦走してきた老夫婦と出会う。「もう少しで頂上ですよ」と奥さんが教えてくれる。「ではまた」と旦那さんがハチケン谷に向かう道を降りようとするが奥さんが止める。(男はつい調子に乗り大事な道を間違える)、以前、ハチケン谷からの林道で膝を傷めた苦い思い出があるから、二人は距離が長いけど雁俣山からの道を選んだそうだ。

それから息も絶え絶え、僕らは這いつくばるように山頂を目指す。登るにつれ辺りに苔むした石灰岩の塊が見え始め、怪しい景色に包まれてくる。少しガスが出て来て、周りを白いモヤで包み込み始める。ヒタヒタ迫る、五家荘おなじみの景色。しばらくすると、白いモヤは霧散し、木陰からぼんやり緑の人影が現れ始める。緑人(りょくじん)とも呼ぼうか…頭が突き出て両肩が丸く人影に見える緑人。そして、その肩の間から顔を出す、紫色の花が連なるタンナトリカブトの花の群生。

なんとも妖しく不思議な紫の花々よ。三脚を置きシャッターを切る。調べるに、猛毒「アルカロイド」の持ち主。わずか1グラムでも高い毒性がある。解毒薬はない。耳元でブンブンうなる蜂の羽音。花々を巡回し、長い舌を使い花の奥の蜜を集め、受粉を手伝う「トラマルハナバチ」達。彼らの性格はとても温厚で、何もしなければ、刺すことはないと聞いていた。トラマルハナバチ自体が絶滅危惧種に指定されている地域もある。

そして、更に妖しいのは、そんなトリカブトの高貴な紫の花の群生の中に、希望の星、清楚で柔らかい笑顔のアケボノソウの群生。なんと、奇異な取り合わせ。片や闇の女王、片や夜明けの希望の花、その間に咲く芍薬の熟した赤い実、黒い実の景色。

ピントさえ合えば何とかなる。あーだこうだ、構図を考えて写真を楽しむ余裕はない。圧倒的な存在感のある花々が目の前に咲いているのだ。トリカブトの奇怪な花の塊がいくつも風に揺れて迫ってくる。アケボノソウの星型の花びらが風に揺れ、甘くやさしい囁きで僕を夢の世界に誘う。その時その時、感じた感覚でシャッターを押す。その瞬間が現実と幻想の境界となる。じっくり撮影を楽しむ時間などない。そして家に帰り、撮った写真をあらためて眺め、花々の不思議さ美しさを味わう。

 

結果、京丈山山頂には行かず、その時間を惜しんで幻想世界を眺め帰路に就き、林道を降りる。

すでに、膝や太ももの筋肉がきしむのだが、某所で何か僕を呼ぶ声がする。その声に誘われ茂みを掻き分けると、なんと風に揺れる、ツリフネソウの群生地に出る。ツリフネソウはその名の通り、葉の下に花弁の姿が、船が釣り下がるような姿をしている。正確にはハガクレツリフネソウ…。本州では珍しい花らしい。

 

ツリフネソウは一年草で、独特の生き延び方をする。実が弾け、遠くに飛んで行くらしい。大体、川沿いに咲く花で川が増水したりすると、そのままの場所に根を生やしたら大きな被害を受けるので、あえて遠くに飛んで、落ちたところで根を生やし、花を咲かせる生き方らしい。美しくたくましい、花の旅団よ。

各花、各人、各様…咲き方、生き方があるものだ。

緑人は今日も森に眠る。

 

2024年 山は短い秋だった。

2024年夏、五家荘で白い蝶を見た。

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