熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2021.06.07

山行

五家荘図鑑と言う、誰も見やしない秘境のような個人のサイトの、更なる奥の誰も読みやしない雑文録と言う秘境ブログに、こんな残念な話を記録しておかなければならない。

花の窃盗団どもよ、我が雑文録に永遠に記録される、これは名誉な事だぞよ。このサイトが閉じられるまで、君らの記録も永遠に地球のネット上をさまようことになる。

前回の雑文録から1週間後、休日の時間を持て余した僕は又、ハチケン谷に向かった。それ程気に入った林道なのだ。登り始めた時間は昼過ぎ。カメラ片手に峠に向かうと、たくさんの登山者とすれ違った。山の景色の移り変わりは早い。芍薬の満開の時期はすでに過ぎ、芍薬の白い花びらはすでに落ち、道沿いに花は見られず、緑の葉だけが残っていた。登山者も山から下りてくる人がほとんどで、うだうだ花の写真を撮って坂を登るのは僕だけだった。

登り始めて、30分くらい。道が二手に分かれ、林道から右に分かれる作業道が川沿いにあり、そこに一人初老の男が立っていた。簡単な挨拶をして、僕はその男の足元の花の写真を撮り始めた。男は背中にリリュツクを背負い、片手に登山で使うピッケルのような長さ60センチくらいの金属の棒を持っていた。しかしそれはピッケルではなく何か鉱物を掘るような特殊な形をしていた。男は手の片方にはコンビニの弁当の空を下げていた。上品そうな笑顔で、仲間が下りてくるのを待っていると語った。僕は写真を撮り終わるとまた林道に戻り、峠に戻った。途中、また足元の山野草の花の写真を撮った。ヒトリシズカの群落はまだ花を咲かせていた。天気は晴天、樹々の緑は更に濃く、相変わらず野鳥の鳴く声は楽しく忙しい。それから20分は経ったろうか、僕はその日は早く帰るつもりだったので、林道を降り始めた。そこでまた、作業道の分かれ目で初老の男に再会した。そこには彼が待っていた二人の男の姿があった。

二人の男の年齢は50歳くらいで、とても人懐こい目をしている、顔は日に焼け、本業は農業か土建屋か。やはり手には金属製の特殊な棒を持っている。結果4人で山を下ることになった。二人の男はしきりに親しく話しかけてくるが、僕は時に花を見つけ写真を撮り三人を追いかけるような形になった。連中はとても嬉しそうで体も弾んでいる。僕が遅ればせながら気がついたのは二人の男に背に背負われた、芍薬の株だった。厚手のビニールの袋にびっしり、盗掘したての芍薬の株をひもでくくりびっしり詰め込んでいる。袋にうっすら白い花びらが透けて見えている。二人合わせて50株は近い。あの金属の棒は花の根からごっそりほじくり返し、芍薬を盗掘するためのプロの道具だったのだ。よく見るに格好も登山者の格好ではなく、靴も汚れたスニーカーで登山靴ではない。僕は花の盗掘団と楽しそうに語らい、山を下りているわけだ。

一人の男が、うすうす正体がばれたのに気が付いてきたようで、しきりに僕の住まいを聞いてくる。「山にはどれくらい登るのか?」「どこから来たのか?」「名前は?」後ろから写真を撮る僕の姿を見て、自分たちの姿を撮影されているのだと意識したのか。

僕は迷う。楽しい語らいの途中で「おたくら、今、芍薬の花の株を盗掘してきただろう?」いきなり聞くとどうなる?

人懐こい瞳ががらりと変わり「それがどうした?」と聞き返される。「何が悪い、これだけ咲いているのを盗って何が悪い?」とでも答えるか。「盗みは盗みだ」プロの窃盗団に素人の僕に出来ることは、すきを見て3人を谷に突き落とすことだ。その上から大きな岩を、転がし、痛い目にあわすことだ。あとは知ったことではない。しかし、そんなことができるか?出来なければ、僕がそんな目に遭う。今度谷に落ちたら、遭難ではない。二度と這い上がってこれない。

これまでの僕の人生経験から「人間は正体がばれたら、とんでもない人格に変わるという」ことをよく知っている。

笑顔で笑っていた瞳が、冷たく光る時に、人は無表情でどんな悪事でも働くことを。谷に突き落とすまではいかなくても、プロの窃盗団に「花の命を大切に…なんて」説教しても無駄だろう。彼らの背中で揺れる芍薬の首が悲しそうだ。あの時、どうしたら良かったのか、今も悔やみ自問する。

窃盗団は、来年の春もやってくるだろう。五家荘に限らず、県内の山々に。50株抜いたら、相当の面積で花は咲かなくなる。その繰り返しで、希少な山野草は消滅していくのだ。鹿の食害のせいではない、鹿はやむなく生きるために、山野草を食べるのだ。人間は貴重な山野草を自分だけ楽しむ、もしくは換金するために引き抜く。悩んでいくうちに、登山口の駐車場に着く。無力な自分にできることは彼らの盗みを告発することだ。しかし、今更、彼らの車の写真を正面から撮りにくい。わざと先に車を出し途中で止まり、窃盗団の車に追い越させ車の後ろのナンバーを控える。

採れたての山芍薬を、どこかの園芸店で売るのか、ネットで売るのか?何かの原料にするのか。

厳しい環境の中で、ようやく生きて花を咲かす花々の命を抜く…苔をはぎ取る、写真を撮るために樹を鉈で切りおとす、陶板に貼り付け陶芸品として販売する…野鳥を盗む。

「珍しいものを盗む」「美しいものを自分だけのものにしたい」もともと人の本性にはそんな気質が備わっているのだろう。本性を見抜かれるまで、人は人の良いふりをする。ついでに書けば「あいつは偽物か?本物か?」偉そうに言う奴に限って、ろくな奴はいない。

五家荘の山に登り始めて数年。今回が一番衝撃的な出来事だった。

窃盗団の車は、黒いミニバンで、ナンバーは熊本502■4529

肝心な■の文字のメモを忘れた。僕は忘れた■の部分の「ひらがな」を探して、これからも五家荘の山々をさまようことになる。

窃盗団よ、僕は堂々と君たちに名前を名乗った。今度は君たちが名のる番だぜ。

※熊本県には熊本県野生動植物の多様性の保全に関する条例があり違反者には罰金が科せられる。

(長々とした条例を読んだが、僕は条例で摘発された事例を聞いたことがない…)

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悲しき、原風景。

僕の住む田舎の駅は、昔は賑わい、列車が着くたびに旅行客が降り立ち、迎えの車や、島々を渡る船が行きかった。駅前の通りは人であふれ、食堂、本屋、旅館、パチンコ屋が軒を連ねた。それが僕の故郷の原風景だ。だから今の誰もいない灰色の殺風景な駅前の景色を見るたびに落胆し、昔の賑わいを思い出す時がある。今、町に住む若者にそんな話をしても誰も相手にしてくれない。それどころか若者たちは賑わいを探して、町を出る準備で忙しいのだ。

もし今の若者が五家荘の山で、汗をかいて山を登ったにも関わらず、峠の奥の山林に何の花も咲かず、荒れた岩だらけの景色を見たら、それが彼らの原風景となる。彼らの記憶にはそういう荒れた山の景色しか残らない。崩落した杉林の景色しか残らないのだ。いくら僕らの世代が、あの頃の山には春になると、辺り一面、白い天使のような芍薬の群生地があった、花の蜜の香りに酔いしれたと語ったとしてもそれは虚構の景色でしかない。彼らの脳裏にある荒地の原風景に花を咲かすことは不可能となる。窃盗団の悪業は山の未来の景色を消し去るのだ。

雨も楽し、五家荘

春の合唱団

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