熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2019.06.02

毎週日曜の夜のテレビの楽しみはNHK韋駄天だったが、とうとう我が家もテレビ朝日の「ポツンと一軒家」という番組に寝返ってしまった。(正直、毎回、毎回、金栗さんの全力疾走は、見ている方が辛くて息切れする)たまたま熊本の水上村の一軒家の紹介があり、つい見てしまったのだ。更に翌週も水上村の一軒家の紹介だった。番組は崖っぷちの細い林道を取材者が辿り、その家の主を訪ね歩くシンプルな内容でスタジオではそんな林道に驚きの声があがるのだけど、五家荘の林道も同じで、何も驚くことはない。どこにでもあります。五家荘の一軒家も何時紹介されてもおかしくないのだ。

一軒家、すなわち、一軒の暮らし、ぽつんとした人生。何の作為もなく、ただ老人、老夫婦が山の中で暮らしている。(昨夜は、中年のカメラマンで自作のログハウスに取り組み、うつ病を克服した人だった)縁側で山を眺め、鳥の声を聞き、風に吹かれお茶、コーヒーをすすり五右衛門風呂で疲れをいやす。夜は無音の闇の中で獣の声を聞くのだろう。取材者も淡々と話を聞くだけで、台本もないし、話のオチもない。ただ僕らは、山の中の家で、ポツンと暮らしている「理由」を聞いて「ほーっ、へぇーっ」時に感動を覚え、あこがれ、(ちょっとやきもち妬いて)心いやされるのだ。視聴率が高いのも、そんな番組の光景に、いつかは自分もとあこがれる気持ちがある人が多いからなのだろう。それがたとえ実現できなくても。

森の香り、樹の香りの成分はフィトンチッドと呼ばれる物質で、「テルペン類」と呼ばれる有機化合物で構成され、鎮静作用や、抗菌、抗うつ作用があるとのこと。番組に出てくる人を見ると、みんな肩の力が抜けるのか、人の目も気にしなくていいのか、それこそ“自然体”で暮らされているのがよく分かる。

東京の高層マンションの最上階で夜景を眺めながら、古いアパートで布団にくるまりながら、老人ホームのベットの上で、場末のラーメン屋のカウンターに、肘をつきながら、会社のデスクの上で仮眠を取りながら…。特に都会人のほとんどは田舎からやってきた人だろうし。暮らしぶりはともかく、いろいろな人の心の中が、この番組でほっと溜息をついているに違いない。

もちろん僕も以前から、そんな暮らしにあこがれる一人だったが、今は頭の病気のせいで、その願いはかなわぬが、せめて里山にでも移住したいという思いがある。(我が家の猫族も大移動する必要があるけど)

僕は、もともと人と話をするのが苦手で、話をしたあとはどっと疲れがくる。そう書きながら、五家荘図鑑(写真集)を出したのもサイトを公開したのも、自己顕示欲の表れであり、多少は性格と矛盾しているのだろうが、それらは僕のささやかな「一軒家」で、無理してドアをノックされなくていい。

今回、たまたま仕事で知り合った、デザイナーのSさんに五家荘図鑑を渡し、キャラクターのデザインをしてもらった。タイトルは山猫倶楽部。最初は「猫の事務所」にしようとも思ったが、さすがに宮沢賢治の童話のタイトルはまずいので「山猫倶楽部」にした。(僕は実際、童話「猫の事務所」が大好きなのだが)ちまたに、猫をテーマにしたデザインのイメージは山ほどあるが、(似ているものが多く差別化が難しい)出てきたのはそんな予想を裏切る内容で、僕はとても気に入っている。

6月は検査やら何やらで山には行けそうにない。

想像の世界からやってきた山猫一匹、満月の夜に草原を駆け抜け、つり橋を渡り、川の岩を飛び越し、滝を眺め、森の中で苔の寝床で丸くなって夢を見る。蛍に包まれ金色の猫に変身したり、神楽の太鼓の音に踊りだす。

お話はこれからだ。彼だけは僕のポツンと一軒家に出入り自由なのだ。

2019.01.09

ようやくアマゾンで五家荘図鑑が販売開始となりました。僕の入力ミスもあり、さすがに出版社の発行ではないので、途中、審査にかかってしまった。アマゾンがすごいのは、何度もやり取りをしてくれること。ブランドもプライドもない自分にも、同じ立場で対応してくれた。個人的にはいい記念となりました。五家荘図鑑第2号発刊を目指し、「極私的」に活動を続けようと思います。※アマゾンに入り、本➡五家荘図鑑で検索お願いします!

2018.10.08

最近、天候や仕事の都合もあり、中々山に登れずにいる。山に登るというよりも、実際は病気の都合で、”山歩き”なんだけど。仕事に出る前に途中の宇土市のオコシキ海岸の道の駅に車を止め、頑張ってなんとか30分歩く。朝、ほとんど人は居ないので、時々瞑想しながら芝生の上を歩き、気が付くとグラウンドの周辺に植えられた棕櫚(シュロ・ヤシ)の樹に衝突しそうになる。夏から週に2回から3回、道の駅で朝の準備に追われる人からみたら、帽子を被った変な親父がふらふら歩いている姿を怪しんでいるにちがいない。30分の瞑想歩きは気持ちがいいものなのだ。その30分間で、僕の体内は海から生まれた酸素で満ちあふれることになる。

瞑想の師、小池龍之介氏(東京・月読寺住職)の指導によると、氏の座禅(瞑想)呼吸法は鼻で息を吸い、鼻で息を吐く。鼻からすった空気が脳を回り、体内に入り、お腹をぐるりと回り、また逆方向に鼻から出ていくものです(そして心が浄化される!)とのことだが、未熟者の僕は、流石にそんな感覚にはならない。更に師が言うには、この瞑想は鬱や精神的に不安定な方には不向きと書いてあったが、もう遅い、始めてしまったものだから仕方ない。

最近、毎晩パキシル一錠飲んでからでないと、眠れない状態が続く。飲み忘れると深夜、頭の中が熱くなりいろいろな思いが重なり、とても眠れなくなる。さすがに手術した傷跡は痛まぬが、頭が重い時は朝からパキシル一錠飲んで仕事に行く。30分の海の酸素はあっという間に会社に着く頃は消え失せ、雑務に追われることとなる。

ああ、もうちょっと、体調、気分が整えば、山に行けるのに。そして山の空気を吸いながら瞑想し、僕の体は山の酸素に満たされるのだ。去年の10月3日、僕は山で一人遭難し、奇跡的に自力で帰還を果たした。老いた母は動転し、親戚中に電話をかけまくっていた。帰宅すると僕はまるで浦島太郎のような気分になるくらい、家の中は騒々しかった。今から思うに、10月3日は母の誕生日だった。

去年の遭難、2月のクモ膜下手術、2度の危機を乗り越え、命拾いした僕だが、3回目はどうなるか分からない。どうなるか分からないから、時間だけは大事にせねばと思う。人も生き物も、生まれたことは良かった、良かった。それだけを受け入れる。僕が瞑想中にぶち当たりかける、公園の棕櫚の大木の枯れた葉の長い重なりのすきまからは、スズメたちのさえずり、語り合う声が聞こえる。そして晴れた空に向かい、鳥たちは一斉に飛び出し始める。解き放たれる黒い丸い影たち。今年の秋は何度も台風が襲ってきたが、その大きな台風の強風、大雨からも、小鳥たちは枯れた葉の中でひそやかに身を摺り寄せ、お互い台風が去るのをじっと待ったのだろう。良かった、良かった。僕も良かった、君たちも良かった。僕はこんな年になって、そういうことにようやく気が付いた。

2018.09.13

コロンブスの卵あり。あれこれいろいろ考えるより、素直に考えた時がよい時もある。「なぁんだそんな事か。それなら誰でも思いつくではないか。」そんな卵を見て、どこかで見たアイデァと言うのは易しい。そこで買ってきたのが佐賀のあるお店のコロンブスの卵なのだ。今夏は仕事でいろいろなアロマ(精油)と熊本特産の馬油を使った、モノづくりをした。(中国、台湾の人に人気)

そのアイデァもコロンブスの卵で、人に言わせれば「誰でも思いつくアイデァ」なのだけど。その作業中に、たまたま「ヒノキ」の精油を嗅ぐ事があって、その香りは、なんとも言えぬよい香りで緊張がほぐされ、気分がいやされるのだ。その精油の原料のヒノキは国産だけど、どこの山が産地なのかが分からない。ちょうどその時、五家荘の山の達人、Oさんのフェイスブックを見ていて、Oさんが登山中に、トトロや木霊の人形を森の中の苔の中に置いて写真を撮っているものがあった。そこで僕の壊れかけた頭の中に、ひらめいたのが、五家荘のヒノキや杉で精油が作れないものかというヒントだったのだ。

早速ネットで調べるに、熊本県内でも木材から精油を抽出しているところが2件あって、問い合わせをしたが、2件とも無理との答えだった。それでもしつこく検索するに、一番近いところで佐賀に「エコビト」さんと言う店があり、メールで質問したが丁寧に教えてくれて、近々店舗でアロマの抽出体験をするので来ませんかとのことだった。

僕はなんで飯を食っているのか自分でもわからない時があるのだが、そんなフリーの立場の僕は、早速申し込みをし、台風の中、高速を通り、愛車イグニス号とともに強風にあえぎながら3時間かけてエコビトさんにたどり着いたのだった。アロマ体験の素材は、ホウショウという、クスノキの仲間で、甘く芳醇な 香りが特徴の貴重な原料だった。鼻に頭まですーっと刺すような刺激臭が残る。幸運なことに若い女性の講師の人と二人の体験で、とても丁寧に教えてもらい、1時間かけて自分オリジナルのホウショウのオイル1ミリ(わずか!)を手にした。装置は一番シンプルで単純な装置だった。体験後、店舗の裏の工場も見学してくれて、なんとその店舗の親会社は大きな材木店だった。昼食は僕の柄になく、上品な自然食のランチ。(僕のような者が、隣のテーブルのカップルに怪しまれないようにするには緊張と努力が要る)。そこでお土産に買った一部がこの卵だった。下に精油を入れる穴があり、今もホウショウの香りを楽しむことが出来る。

エコビトさんのコンセプトは明確でとても分かりやすい。材木から出た材料を精油にして、自然食レストラン、ケーキ店、会社全体の事業が大きな自然のサイクルになっている仕組みなのだ。このアイデァを誰かが持ち帰り、五家荘でも真似しようと思ってもその卵は道の駅で売られる単なるお土産品で終わるだろう。何の価値もない。お土産品は飽きられたら単なるゴミだ。この卵を前にじっと考えなくては。五家荘の森に産み落とされた卵で、どこにもない、美味しい料理をどう作るのか。

間違ってもアイデァの卵をあの「クマ」に渡したらいけない。熊本の単純な県民性にわをかけて思考停止にしたのがあの「クマ」のゆるキャラだ(※くまモンのこと)。僕はそのキャラの害獣ぶりとその飼い主を登場時から激しく憎んだ。家人がそこまで言わなくても!と諭すのだけど。ここだけの話。(瞑想をはじめてから、憎むのを辞めた)
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