熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2020.06.08

山行

病気の後遺症のせいで今年の10月まで車の運転ができない身なのだが、“どうしても会いたい花”がいる。その名も“ギンちゃん”。正式には銀竜草(ぎんりょうそう)・ツツジ科の植物。「ひと目」見たらだれも忘れられない「ひとつ目」小僧。その姿は、杉の木立の暗がりに、ひっそり住い、時期が来ると枯葉のなかからすっすっと顔を出し、全身、白銀の服をまとう。何人かまとまりうつむいて、ひそひそ話をしている。そんなギンちゃんのことを不気味に思い、失礼にも幽霊草と呼ぶ輩もいる。そんな「ひとつ目」銀ちゃんに「ひと目ぼれ」した僕は、くどくしつこい性格なのだ。

 

去年も捜索したが、山を間違え、完全に当てが外れた。(その代わりに家人が珍しい、すっぽん茸を見つけた) 今年こそはと意気込むに、年末に左肩の腱板断裂、さらに成人の日に駅前広場で芝生に足を滑らせ、プチリ、左ひざの靭帯損傷、体の半分、左斜めに崩れながらも整形外科でリハビリ半年、「今度の週末山に行くのです。ギンちゃんに会いに」という意味不明の発言、若き理学療法士の先生、無言、無反応で僕の左ひざをベットの上で軽々と肩に担ぎあげ、体重をかけ、ぐいぐいと膝の裏の筋肉を伸ばす痛さも、足首にいつもより重い2キロの鉛を巻かれ、上下50回!と言われ、右足のふくらはぎが同時に激しいこむら返り、あまりの痛さに声を挙げようとするも我慢し耐え、嫌がる家人を脅迫、愛車イグニス(ドアに大きな擦り傷アリ)を運転させ、大通り峠越で五木に入り、五家荘の或る山を目指した。がけ崩れ、割れた岩の尖る林道を強行突破、ついに目指す山の登山口にとりつく。今回は五家荘の先輩“レスキュー山師” Oさんのフェイスブック情報から、おおよそギンちゃんの居る場所は想像がつき、膝のサポーターをパンと引き締め、急な登山口の坂をよじ登り、這い上がる。そのまま夫婦でほふく前進、しばらくすると、這いつくばる目の前に“ギンちゃん”が現れた!何と美しく、不思議な孤高の植物よ!地球上の植物で、全身銀色に輝く植物がどこに居るか!ギンちゃんだけではないか!

◆ぎんりょうそう…ツツジ科ギンリョウソウ属の多年草。腐生植物としてはもっとも有名なものの一つ。

調べるに「腐生植物」というのは誤り。昔の本には動物の死体や糞などに栄養源を求めるとかいて、花の下には死体が埋まっているなどと、更に謎めいた言い伝えもある。実際ギンちゃんは、カビやキノコ(べニタケ類の菌糸)を食べて暮らしていて、腐ったものを食べているわけではない。正確には「菌従属栄養物」という。光合成をしないので色は白く、暗い森の中でも暮らしていける。地上に顔を出すのは花を咲かせ、実をつける約2か月だけ。植物のくせに光合成もしないでふらふらフリーに生きているのはなんとすごいことなのか。学校の授業で先生の教える、植物の光合成の話は「大嘘」(そこまで言わなくてもいい ) ということになる。田舎でよく言う「勉強せんと、いい学校に入れんばい」と大人が言うのと同じ大嘘なのだ。つまりテレビで100点満点東大のクイズ王が、卒業して政府の官僚になりクズの王様になる前に、ギンちゃんの存在を学べと言いたい。

光合成なぞせずに、森の暗がりでひとつ目を光らせて闇を見つめるギンリョウソウの家族のユニークなことよ。僕は妄想する。闇夜の晩。月を隠した暗くて重い雲が風に流され、雲の間から月の光が一筋、森に射し込む。その光を浴びて、ギンちゃんの体は反応して、うつむいていた顔を上げる。光合成ではなく月合成…。森の中でいくつもの瞳がピカり煌めき、首を振り、光を放射する。その光を合図に、森に住む「だいだらぼっち」が覚醒し、森の中をのしのし動き出す。

こんな妄想はともかく、ギンリョウソウの生態を詳しく調査した結果も、ネットでは色々出てくる。熊大の杉浦准教授のリポート、東大の塚谷裕一氏の著作「森を食べる植物」では、みっちりギンちゃんのことが報告してある。ギンリョウソウの生態を真剣に知りたい方はそちらの正しい道へどうぞ。

フェイスブックに写真を投稿すると、五家荘の山の守り神、レスキュー O氏からは「執念ですね」と笑われ、重鎮、Mさんからは「あなたも男、覗き趣味」ですねとほめられた(苦笑)。

「執念」プラス「覗き趣味」。その答えは「変態」。杉林の暗がりで這いつくばり、一つ目小僧、ギンリョウソウの丸い瞳に魅せられひたすらカメラを覗く姿は、はたから見れば「変態」そのもの。しかしネットで検索するに、あふれんばかりの写真が出てくる。つまり、全国にはあふれんばかりの“ギンちゃん”フアンの変態族が居るのだ。正論ばかり吐いて自分の頭で考え、何も感じない者ばかりだと、融通が利かない世知がない世間となる。変態(オタク)が世間を救うのだ。

撮影後、振り返ると、家人が道の途中で倒れかけていた。もともと気管支が弱いのだ。いったん坂を降りて、再度救い上げ、ギンちゃんを見せて帰路に付く。

ギンリョウソウの花言葉は「はにかみ、そっと見守る」

 

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