熊本県 八代市 泉町(旧泉村) 五家荘
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雑文録

2019.11.19

宿

五家荘のエリアには8件ほどの民宿が点在している。特にその中で、山女魚荘、佐倉荘、平家荘の3軒は僕のお気に入りの宿だ。60歳近くなるまでの人生でどれだけの数の宿に世話になったのか。そんな思い出の宿の中でベスト3が、五家荘の3軒なのだ。どんな贅沢な宿や、有名シェフのいるホテルでも、五家荘の3軒にはかなわない。今後もこの3軒を超える宿は見当たらないだろう。3軒ともベスト1なのだ。

料理も山の幸、川の幸が満載。俗に言う「ジビエ料理」なぞという言葉は無粋。五家荘の山里で食う、イノシシ料理、鹿料理はそんな得体の知れない和製英語料理ではない。「ジビエ料理」なぞ、街中の売れない料理屋が自治体からタダで宣伝してもらえるから、広告屋に調子に乗せられ、おだてられテキトーに料理を作っているだけなのだ。

11月も中ごろの日曜、久しぶりの紅葉の撮影がてら、数年ぶりに平家荘に立ち寄った。平家荘は五家荘の本道からそれた山道を超え、峠を降りた谷間にある。谷への道はなかなか緊張感を伴う道で、何時通っても恐怖感を伴う。こんな道案内はない(苦笑)ようやく降りると古民家風の建物があり、そこが平家荘だ。

敷地内には山女魚の養殖池がかさなり、山女魚の稚魚(マダラ)が飛び跳ねていた。敷地は広くすぐ横には清流が流れている。釣り解禁の春になると他県からも釣り客が投宿し賑わいを見せる。まさにプライベートリバー…部屋から数分で竿が振れる場所はそうそうない。

主のMさんは、プライベートリバーに架かる吊り橋、プライベートブリッジを自力で作った。このツタの絡まる橋は、地図にはなく、知る人ぞ知る橋なのだ。橋から眺める森の新緑や紅葉も美しい。いわば五家荘の自然を宿の敷地に凝縮したつくりにされているのだ。庭には四季を彩る、樹木や山野草も植えられ、夏の終わりには今は幻の花とも言われる、キレンゲショウマも黄色い可憐な花を咲かせている。

料理は自慢の山菜料理から猪鹿、山女魚料理(刺身に、黄金の卵)に手打ちそば。そんな盛りだくさんの料理を別室で囲炉裏を囲み炭火で堪能することになる。

朝食はテーブル席の落ち着いた部屋で外の景色を眺めながら。部屋の奥にはよく磨かれたガラス張りのケースがあって、そこには鎧とイノシシのはく製があった。もちろん鎧は平家荘の名のごとく、代々引き継がれた家宝なのだろうけど…さて大きなイノシシとは?

恐る恐る聞くと、そのイノシシは先代が可愛がっていた猪で、ウリ坊の時から育て、そのまま良くなついたとのこと。番犬ではなく番猪。(怒ると棘のような毛を逆立てるそうで、怖いものなし)名前は「アラ」。ところがある日、アラが少し体調を崩した時、診察してもらった獣医の誤診で亡くなったそうだ。その獣医曰く「イノシシを診るのは初めてですもんなぁー」と。

余りにも残念で、アラの事が忘れられず、はく製にして部屋に飾っていると言われた。先祖代々の鎧とともに飾られるアラの魂…そんなアラも熊本に新幹線が開通した時に、博多駅前での観光誘致イベントにも駆り出され、八代、五家荘の宣伝に一役買ったそうだ。

今はアラの代わりに、ラブラドール・リトリバーのマルが丸々と太り、来客があると嬉しくて尻尾を切れんばかりに振って歓迎してくれる。(性格が良すぎて、番犬にはなれない・・・)

さて、僕のこの雑言録をどれくらいの人が読んでくれているのか。余り更新もしないので微々たるアクセスしかないのだろう。つまり、いくら書いても平家荘の何の宣伝にもならない。ただ、他にも書ききれない話がまだあるのだ。葉木神楽の話、昔の山暮らしの話。

僕が言いたいのは、たった一泊しただけでも、これだけ話題のある宿はそうそうないということなのだ。山の料理を味わいながら、一緒にその場所ならではの話を味わうという、なんと贅沢なひと時なのだろう。プライベートリバー、ブリッジ、プライベートイン。

宿はもうすぐ休館期になる、12月中旬から翌年2月の雪解けまでお休み。この期間はチェーンを巻いた車でも危険で、以前、強行軍のお客の車を4駆のウィンチで引っ張り上げることもしばしばで、結果、休館に。その期間は誰もいない谷間の宿で、Mさんは山女魚の養殖の仕事に忙しい。

以前モニターツァーの参加者の一人が、「一番好きな季節はいつですか?」と聞いたら、

Mさん、「やはり谷の雪が解け、春になり、若芽が顔を出す春が一番ですなー」と答えた。

五家荘の秋の夕暮れは早い。夕方4時がタイムリミット。4時には出ないとあっという間に谷は暗くなり、道にも迷いやすくなる。無音の闇が谷を包む。

Mさん夫婦とマルとアラの魂。谷間にポツンと一軒の宿の温かい明かりが灯る。

五家荘と隠れキリシタン

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